・・・ひらりと身を躱すが早いか、そこにあった箒をとって、又掴みかかろうとする遠藤の顔へ、床の上の五味を掃きかけました。すると、その五味が皆火花になって、眼といわず、口といわず、ばらばらと遠藤の顔へ焼きつくのです。 遠藤はとうとうたまり兼ねて、・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・「これは今朝ほど五味溜めの所に、啼いていた犬でございますよ。――どうしてはいって参りましたかしら。」「お前はちっとも知らなかったの?」「はい、その癖ここにさっきから、御茶碗を洗って居りましたんですが――やっぱり人間眼の悪いと申す・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ぬかるみを飛び越え、石ころを蹴散らし、往来どめの縄を擦り抜け、五味ための箱を引っくり返し、振り向きもせずに逃げ続けました。御覧なさい。坂を駈けおりるのを! そら、自動車に轢かれそうになりました! 白はもう命の助かりたさに夢中になっているのか・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・この辺の家の窓は、五味で茶色に染まっていて、その奥には人影が見えぬのに、女の心では、どこの硝子の背後にも、物珍らしげに、好い気味だというような顔をして、覗いている人があるように感ぜられた。ふと気が付いて見れば、中庭の奥が、古木の立っている園・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ わが車五味坂を下れば茂み合う樫の葉陰より光影きらめきぬ。これ倶楽部の窓より漏るるなり。雲の絶え間には遠き星一つ微かにもれたり。受付の十蔵、卓に臂を置き煙草吹かしつつ外面をながめてありしがわが姿を見るやその片目をみはりて立ちぬ、その鼻よ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫