・・・「レデー・オン・ゼ・マーク……ゲッセット……ゴー」 力一杯跳ね上がったと思うと、僕の体はどこまでもどこまでも上の方へと登って行きます。面白いように登って行きます。とうとう帽子の所に来ました。僕は力みかえって帽子をうんと掴みました。帽・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・……風は死んだのに、遠くなり、近くなり、汽車が谺するように、ゴーと響くのは海鳴である。 更に遠く来た旅を知りつつ、沈むばかりに階段を下切った。 どこにも座敷がない、あっても泊客のないことを知った長廊下の、底冷のする板敷を、影のさまよ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ ゴーゴリと、モリエール、は、あるときは、トルストイ以上に好きだった。喜劇を書いても、諷刺文学を書いても、それで、人をおかしがらせたり、面白がらせたりする意図で書くのでは、下らない。悲劇になる、痛切な、身を以て苦るしんだ、そのことを喜劇・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・だが、自動車はゴー、ゴーと響きかえるガードの下をくゞって、もはや淀橋へ出て行っていた。 前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・のうちに完成だという秋の夕暮、局の仕事もすんで、銭湯へ行き、お湯にあたたまりながら、今夜これから最後の章を書くにあたり、オネーギンの終章のような、あんなふうの華やかな悲しみの結び方にしようか、それともゴーゴリの「喧嘩噺」式の絶望の終局にしよ・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・といったような不規則なリズムを刻んだ爆音がわずか二三秒間に完了して、そのあとに「ゴー」とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き次第に減衰しながら南の山すそのほうに消えて行った。大砲の音やガス容器の爆発の音などとは全くちがった種類の・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・ この叢書の表紙の裏を見ると“Everyman, I will go with thee and be thy guide in thy most need to go by thy side.”という文句がしるされてある。この言葉は今・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・乗った。ゴーと云って向うの穴を反対の方角に列車が出るのを相図に、こっちの列車もゴーと云って負けない気で進行し始めた。車掌が next station Post-office といってガチャリと車の戸を閉めた。とまるたびにつぎの停車場の名を報・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・折から遠くより吹く木枯しの高き塔を撼がして一度びは壁も落つるばかりにゴーと鳴る。弟はひたと身を寄せて兄の肩に顔をすりつける。雪のごとく白い蒲団の一部がほかと膨れ返る。兄はまた読み初める。「朝ならば夜の前に死ぬと思え。夜ならば翌日ありと頼・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ヤ音がするゴーというのは汽車のようだがこれが十万億土を横貫したという汽車かも知れない。それなら時々地獄極楽を見物にいって気晴らしするもおつだが、しかし方角が分らないテ。めったに闇の中を歩行いて血の池なんかに落ちようものなら百年目だ、こんな事・・・ 正岡子規 「墓」
出典:青空文庫