・・・こんな扱いを留置場でされることは、もう最期に近いと云うことの証拠ではないか。枕元に、脱脂綿でこしらえた膿とりの棒が散乱し、元看護卒だった若者が二人、改った顔つきで坐っている。 今野は唸っている。唸りながら時々充血して痛そうな眼玉をドロリ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・若くて悲惨なその最期を終るまでには、とるところもない性質の男と夫婦になり、ゴーリキイはその継父に堪えられないような侮蔑も受けた。「幼年時代」の中にこの母の、美しくて強いがまとまりのなかった一生の印象が如実に描かれている。野蛮と暗黒と慾心の闘・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・そして最後の苦悩の譫語にも自分の無罪を弁解して、繰り返した。『糸の切れっ端――糸の切れっ端――ごらんくだされここにあります、あなた。』 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・橋谷は「最期によう笑わせてくれた」と言って、家隷に羽織を取らせて切腹した。吉村甚太夫が介錯した。井原は切米三人扶持十石を取っていた。切腹したとき阿部弥一右衛門の家隷林左兵衛が介錯した。田中は阿菊物語を世に残したお菊が孫で、忠利が愛宕山へ学問・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこで丁度二条行幸の前寛永元年五月安南国から香木が渡った事があるので、それを使って、隈本を杵築に改めた。最後に興律は死んだ時何歳であったか分からない。しかし万治から溯ると、二条行幸までに三十年余立っている。行幸前に役人になって長崎へ往った興・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・思想の体系が一つの物体と化して撃ち合う今世紀の音響というものは、このように爆薬の音響と等しくなったということは、この度が初めでありまた最後ではないだろうかと。それぞれ人人は何らかの思想の体系の中に自分を編入したり、されたりしたことを意識して・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・それは旅人が荷物を一ぱい載せて置いた卓である。最後にフィンクの目に映じて来たのは壁に沿うて据えてある長椅子である。そこでその手近な長椅子に探り寄った。そこへ腰を落ち着けて、途中で止めた眠を続けようと思うのである。やっと探り寄ってそこへ掛けよ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ が、この最後の「幸福の島」もまもなくヨーロッパ文明の洪水に浸された。そうして平和な美しさは洗い去られてしまった。 このような体験を持った人々は決して少なくない。スピークやグラント、リヴィングストーン、カメロン、スタンリー、シュワイ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫