・・・この競技は速度最小という消極的なレコードをねらうところに一種特別の興味がある。できるだけのろく燃えるという事と、燃えない、すなわち消火するという事とは本質的にちがうのである。これに対してたとえば百メートルの距離をできるだけのろく「走る」競技・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・雨の落下の流れに対してあひるに可能な最小な断面を向けるような格好をしている。科学も何も知らないあひるは、本能に教えられて最も合理的な行動をすると見える。人間はどうかすると未熟な科学の付け焼き刃の価値を過信して、時々鳥獣に笑われそうな間違いを・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ ある花はこんなに細小でまたある花は途方もなく大きい。これも不思議である。細かい花は通例沢山に簇出しているような気がする。これも不思議である。そうして多くの草の全体重と花だけの総体重との比率にはおおよそ最高最低限度がありそうな気がしてこ・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・古い村落は永い間の自然淘汰によって、颱風の害の最小なような地の利のある地域に定着しているのに、新集落は、そうした非常時に対する考慮を抜きにして発達したものだとすれば、これはむしろ当然すぎるほど当然なことであると云わなければならない。 昔・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 一体電子を借りなければ説明の出来ないような諸現象がまだ発見されず、物質の最小部分が原子だとして充分であった時代において、原子は更に一層微細なる部分より成ると論ずる人があったとすれば、その人は空想家か哲学者であって少なくも実験科学者では・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・しかしその時には自分を始め誰一人霊廟を訪おうというものはなく、桜餅に渋茶を啜りながらの会話は如何にすれば、紅葉派全盛の文壇に対抗することが出来るだろうか。最少し具体的にいえばどうしたら『新小説』と『文芸倶楽部』の編輯者がわれわれの原稿を買う・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ この怪物の力で距離が縮まる、時間が縮まる、手数が省ける、すべて義務的の労力が最少低額に切りつめられた上にまた切りつめられてどこまで押して行くか分らないうちに、彼の反対の活力消耗と名づけておいた道楽根性の方もまた自由わがままのできる限り・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・正に是れ好色男子得意の処にして、甚しきは妻妾一家に同居し、仮令い表面の虚偽にても其妻が妾を親しみ愛して、妻も子を産み、妾も子を産み、双方の中、至極睦じなど言う奇談あり。禽獣界の奇いよ/\奇なりと言う可し。本年春の頃或る米国の貴婦人が我国に来・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・其性行正しく妻に接して優しければ高運なれども、或は然らず世間に珍らしからぬ獣行男子にして、内君を無視し遊冶放蕩の末、遂には公然妾を飼うて内に引入れ、一家妻妾群居の支那流を演ずるが如き狂乱の振舞もあらば之を如何せん。従前の世情に従えば唯黙して・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 古今、支那・日本の風俗を見るに、一男子にて数多の婦人を妻妾にし、婦人を取扱うこと下婢の如く、また罪人の如くして、かつてこれを恥ずる色なし。浅ましきことならずや。一家の主人、その妻を軽蔑すれば、その子これに傚て母を侮り、その教を重んぜず・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
出典:青空文庫