・・・春の日は麗かに輝いて、祭日の人心を更らに浮き立たした。男も女も僧侶もクララを振りかえって見た。「光りの髪のクララが行く」そういう声があちらこちらで私語かれた。クララは心の中で主の祈を念仏のように繰返し繰返しひたすらに眼の前を見つめながら歩い・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ちょうど花見時で、おまけに日曜、祭日と紋日が続いて店を休むわけに行かず、てん手古舞いしながら二日商売をしたものの、蝶子はもう慾など出している気にもなれず、おまけに忙しいのと心配とで体が言うことを利かず、三日目はとうとう店を閉めた。その夜更く・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・奥さんは聖ヨハネの祭日にむすめに着せようとして、美しい前掛けを縫っていました。むすめはお母さんの足もとの床の上にすわって、布切れの端を切りこまざいて遊んでいました。「なぜパパは帰っていらっしゃらないの」 とその小さい子がたずねます。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・特別の祭日でなくてはこの鐘はほんとうには撞かぬそうです。ユーゴーの小説の種にしたギリシア文字のらく書きはほんとうにあるかときいてみましたら、「今はもうありません。あなたもカジモドの話を御存じですね」といって、青い顔をして笑いました。 も・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 西村氏が案内をしてくれるというのでいっしょに出かける。祭日で店も大概しまっており郵便局も休んでいる。つり橋のたもとの煙草屋を見つけて絵はがきと切手を買う。三銭切手二十枚を七十五銭に売るから妙だと思って聞くと「コンミッシォン」だと言った・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ たまたま祭日などに昼間宅に居ることがある。そうして便所へはいろうとする時に、そこの開き戸を明ける前に、柱に取付けてある便所の電燈のスウィッチをひねる。 それが冬だと何事もないが、夏だと白日の下に電燈の点った便所の戸をあけて自分で驚・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・夏になると、水泳場また貸ボート屋が建てられる処もあるが、しかしそれは橋のかかっているあたりに限られ、橋に遠い堤防には祭日の午後といえども、滅多に散歩の人影なく、唯名も知れぬ野禽の声を聞くばかりである。 堤防は四ツ木の辺から下流になると、・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・政府は、新しい民主憲法を、何故か世界民主国人民の祭日である五月一日に実効発生することをきらって、十一月三日に発布することにきめた。文部省は一億円という尨大な予算を憲法祭のためにとった。新歴史教科書もその関係で発表されたのであろう。 考え・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・ ソヴェト全勤労者の祭日であるメーデーの前日からモスクワ市は一切酒類を売らせなかった。 当日は全市電車がない。乗合自動車もない。赤旗と祝祭の飾りものの間に十数万の勤労者の跫音がとどろいた。インターナショナルの高い奏楽と、空から祝いを・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・一年には五十二日日曜日がある、十三日いろんな宗教的な祭日がある。祭日の前の早じまいまであって、これまでは一年に七十三日から七十九日、工場と役所で仕事が止った。こんな不経済をやめて、交代に五日目ごとに一日の休日をとって本当にプロレタリアートの・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
出典:青空文庫