・・・が、もう、梯子が三ツか四ツというところまで漕ぎつけて、我慢がしきれなくなって、足を踏みはずしたり、手に身体を支える力がなくなったりして、墜落した。上の者は、下から来ている者の頭に落ちかゝった。と、下の者は、それに引きずられて二人が共に落ちだ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入った・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 心身共に生気に充ちていたのであったから、毎日の朝を、まだ薄靄が村の田の面や畔の樹の梢を籠めているほどの夙さに起出て、そして九時か九時半かという頃までには、もう一家の生活を支えるための仕事は終えてしまって、それから後はおちついた寛やかな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・「ああああ、お新より外にもう自分を支える力はなくなってしまった」 とおげんは独りで言って見て嘆息した。 九月らしい日の庭にあたって来た午後、おげんは病室風の長い廊下のところに居て、他人まかせな女の一生の早く通り過ぎて行ってしまう・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・文学界に関係される頃から、透谷君は半ば病める人であったと、後になって気が着いたが、皆と一緒になって集って話していても、直ぐに身体を横にしたり、何か身を支えるものが欲しいというような様子をしていた。斯ういう身体だったから、病的な人間の事にも考・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・財産も、店の品物も、着物も、道具も――一切のものを失った今となって見ると、年老いたお三輪が自分の心を支える唯一つの柱と頼むものは、あの生みの母より外になかった。 生きている人にでも相談するように、お三輪はこの母の前に自分を持って行って見・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・とある雨の夜、父は他所の宴会に招かれて更けるまで帰らず、離れの十畳はしんとして鉄瓶のたぎる音のみ冴える。外には程近い山王台の森から軒の板庇を静かにそそぐ雨の音も佗しい。所在なさに縁側の障子に背をもたせて宿で借りた尺八を吹いていた。一しきり襲・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・長い橋の中ほどに立って眺望を恣にすると、対岸にも同じような水門があって、その重い扉を支える石造の塔が、折から立籠める夕靄の空にさびしく聳えている。その形と蘆荻の茂りとは、偶然わたくしの眼には仏蘭西の南部を流れるロオン河の急流に、古代の水道の・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・梟のお母さんと二人の兄弟とが穂吉のまわりに座って、穂吉のからだを支えるようにしていました。林中のふくろうは、今夜は一人も泣いてはいませんでしたが怒っていることはみんな、昨夜どころではありませんでした。「傷みはどうじゃ。いくらか薄らいだか・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・世界の平和の確保のうちにめいめいの家庭の平和の保障が存在することを実感する主婦の感情こそ、日本の未来を明るく支える文化の感覚である。権力を失うまいとするものが、どんなに卑しく膝をかがめて港々に出ばろうとも、着実真摯な男女市民の人生は、個人と・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫