・・・ 追分は軽井沢、沓掛とともに浅間根腰の三宿といわれ、いまは焼けてしまったが、ここの油屋は昔の宿場の本陣そのままの姿を残し、堀辰雄氏、室生犀星氏、佐藤春夫氏その他多くの作家が好んでこの油屋へ泊りに来て、ことに堀辰雄氏などは一年中の大半をこ・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・デパートの退け刻などは疲れたからだに砂糖分を求めてか、デパート娘があきれるほど殺到して、青い暖簾の外へ何本もの足を裸かのまま、あるいはチョコレート色の靴下にむっちり包んで、はみ出している。そういう若い娘たちにまじって、例の御寮人さんは浮かぬ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・「それもそうだな」 と、ひとごとのように感心していたが、急に、「あ、そうだ、煙草だけじゃない。たまに珈琲も飲む」「砂糖がよく廻るね」「闇屋が持って来るんだが、ない時はサッカリンを使う」「煙草に砂糖、高いものばかしだ。・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ しかし砂糖の味ではなかった。そのことをいうと、「ズルチンつこてまんねン。五円で砂糖つこたら引き合えまへん。こんなちっちゃな餅でも一個八十銭つきまっさかいな。小豆も百二十円になりました」 京都の闇市場では一杯十円であった。「・・・ 織田作之助 「神経」
・・・ やがて涙を拭いて、封筒の裏を見ると、佐藤正助とある。思いがけず男の人からの手紙であった。道子は何か胸が騒いだ。 道子が姉のもとへ帰ってから、もう半年以上にもなるが、つひぞ音が黄昏の中に消えて行くのを聴いていた。 一刻ごとに暗さ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・と言って団扇を二三本寄せて持って来た。砂糖屋などが配って行った団扇である。 姉が種々と衣服を着こなしているのを見ながら、彼は信子がどんな心持で、またどんなふうで着付けをしているだろうなど、奥の間の気配に心をやったりした。 やがて仕度・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・有楽町で途中下車して銀座へ出、茶や砂糖、パン、牛酪などを買った。人通りが少い。ここでも三四人の店員が雪投げをしていた。堅そうで痛そうであった。自分は変に不愉快に思った。疲れ切ってもいた。一つには今日の失敗り方が余りひど過ぎたので、自分は反抗・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ 三人は、パン屑のまじった白砂糖を捨てずに皿に取っておくようになった。食い残したパンに味噌汁をかけないようにした。そして、露西亜人が来ると、それを皆に分けてやった。「お前ンとこへ遊びに行ってもいいかい?」「どうぞ。」「何か、・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
与助の妻は産褥についていた。子供は六ツになる女を頭に二人あった。今度で三人目である。彼はある日砂糖倉に這入って帆前垂にザラメをすくいこんでいた、ところがそこを主人が見つけた。 主人は、醤油醸造場の門を入って来たところだ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・わるる折なれば、くず湯召したまわんとはよろしき御心づきなり、湯の沸えたぎらばまいらせんほどに、しばし待ちたまえといいて、傍の棚をさぐりて小皿をとりいだし懐にして立出でしが、やがて帰り来れるを見れば白き砂糖をその皿に山と盛りて手にしたり。くず・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫