・・・相変らずの佐藤一斎先生の書である。黄村先生には、この掛軸一本しか無いようである。私は掛軸の文句を低く音読した。 寒暑栄枯天地之呼吸也。苦楽寵辱人生之呼吸也。達者ニ在ッテハ何ゾ必ズシモ其遽カニ至ルヲ驚カン哉。 これは先日、先生から読み・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・「佐藤春夫曰く、悪趣味の極端。したがってここでは、誇張されたるものの美が、もくろまれて居る。」――「文士相軽。文士相重。ゆきつ、戻りつ。――ねむり薬の精緻なる秤器。無表情の看護婦があらあらしく秤器をうごかす。」 始発の電車。 夜が明・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・住み難き世を人一倍に痛感しまことに受難の子とも呼ぶにふさわしい、佐藤春夫、井伏鱒二、中谷孝雄、いまさら出家遁世もかなわず、なお都の塵中にもがき喘いでいる姿を思うと、――いやこれは対岸の火事どころの話でない。おのれの作品のよしあしをひ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・それが後日第一回芥川賞の時に候補に上げられました。 その「逆行」と殆ど前後して同人雑誌「日本浪曼派」に「道化の華」が発表されました。それが佐藤春夫先生の推奨にあずかり、その後、文学雑誌に次々と作品を発表することができました。 それで・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・授与過剰の物議よりは、まだしも授与過少の不平の方が耳触わりの痛さにおいて多少の差等があるのである。 学位を狙う動機がたとえ私利や栄達のためであろうが、ともかくも我邦で一人でも多く学問の研究に志し従事する人が多ければそれだけ我邦の学術は発・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・コーヒー糖と称して角砂糖の内にひとつまみの粉末を封入したものが一般に愛用された時代であったが往々それはもう薬臭くかび臭い異様の物質に変質してしまっていた。 高等学校時代にも牛乳はふだん飲んでいたがコーヒーのようなぜいたく品は用いなかった・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・また炭は溶液の中にある有機性の色素を吸収する性質がある、殊に獣炭あるいは骨炭がこれに適しているので砂糖の色を抜く事などに使われる。コークスは石炭を蒸焼にした炭だ、火力が強いが燃えつきにくい。近来電気の応用が盛んになるにつれて色々の事に炭を使・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・媚びず怒らず詐らず、しかも鷹揚に食品定価の差等について説明する、一方ではあっさりとタオルの手落ちを謝しているようであった。 しかし悲しいことにはこのたぶん七十歳に遠くはないと思われる老人には今日が一九三五年であることの自覚が鮮明でないら・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ 毎回の爆発でも単にその全エネルギーに差等があるばかりでなく、その爆発の型にもかなりいろいろな差別があるらしい。しかしそれが新聞に限らず世人の言葉ではみんなただの「爆発」になってしまう。言葉というものは全く調法なものであるがまた一方から・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・竹の皮を別にして包んだ蓮根の煮附と、刻み鯣とに、少々甘すぎるほど砂糖の入れられていたのも、わたくしには下町育ちの人の好む味いのように思われて、一層うれしい心持がしたのである。わたくしはジャズ模倣の踊をする踊子の楽屋で、三社祭の強飯の馳走に与・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫