・・・僕は薄暗い電燈の下に独逸文法を復習した。しかしどうも失恋した彼に、――たとい失恋したにもせよ、とにかく叔父さんの娘のある彼に羨望を感じてならなかった。 五 彼はかれこれ半年の後、ある海岸へ転地することになった。・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ 四〇 勉強 僕は僕の中学時代はもちろん、復習というものをしたことはなかった。しかし試験勉強はたびたびした。試験の当日にはどの生徒も運動場でも本を読んだりしている。僕はそれを見るたびに「僕ももっと勉強すればよかった」・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・この汐に、そこら中の人声を浚えて退いて、果は遥な戸外二階の突外れの角あたりと覚しかった、三味線の音がハタと留んだ。 聞澄して、里見夫人、裳を前へ捌こうとすると、うっかりした褄がかかって、引留められたようによろめいたが、衣裄に手をかけ、四・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ ええ、今更お復習しても始まらぬか。昔を今に成す由もないからな。 しかし彼時親類共の態度が余程妙だった。「何だ、馬鹿奴! お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。何処を押せば其様な音が出る? ヤレ愛国だの、ソレ国難に殉ずるのという口の下・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 十一月の下旬だったが、Fは帰ってきて晩飯をすますとさっそくまた机に向って算術の復習にかかった。私は茶店の娘相手に晩酌の盃を嘗めていたが、今日の妻からの手紙でひどく気が滅入っていた。二女は麻疹も出たらしかった。彼女は八つになるのだが、私・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・』 主人の声の方が眠そうである、厨房の方で、『吉蔵はここで本を復習ていますじゃないかね。』 お婆さんの声らしかった。『そうかな。吉蔵もうお寝よ、朝早く起きてお復習いな。お婆さん早く被中炉を入れておやんな。』『今すぐ入れて・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・元来其頃は非常に何かが厳重で、何でも復習を了らないうちは一寸も遊ばせないという家の掟でしたから、毎日々々朝暗いうちに起きて、蝋燭を小さな本箱兼見台といったような箱の上に立てて、大声を揚げて復読をして仕舞いました。そうすれば先生のところから帰・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・僕下らなく遊んでいたんじゃない、学校の復習や宿題なんかしていたんだけれど。 ここに至って合点が出来た。油然として同情心が現前の川の潮のように突掛けて来た。 ムムウ。ほんとのお母さんじゃないネ。 少年は吃驚して眼を見張って自分の顔・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ あくる日の夜、白石は通事たちを自分のうちに招いて、シロオテの言うたことに就き、みんなに復習させた。白石は万国の図がはずかしめられたのを気にかけていた。切支丹屋敷にオオランド鏤版の古い図があるということを奉行たちから聞き、このつぎの訊問・・・ 太宰治 「地球図」
・・・宿へ帰って聞いてみると、県から水電会社への課税のような意味で大正池の泥浚えをやらせているのだという。ほんの申訳にやっているのだという。なるほどあのガラガラの音ぐらいでは三百六十五日浚ってみたところで梓川がただの一と雨に押し流してくる砂泥をす・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫