・・・物の隅々に溜っていた塵屑を綺麗に掃き出して掃除したように、手も足も頭もつかえて常に屈まってたものが、一切の障りがとれてのびのびとしたような感じに、今日ほど気の晴れた事はなかった。 御蛇が池にはまだ鴨がいる。高部や小鴨や大鴨も見える。冬か・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・この大河内家の客座敷から横手に見える羽目板が目触りだというので、椿岳は工風をして廂を少し突出して、羽目板へ直接にパノラマ風に天人の画を描いた。椿岳独特の奇才はこういう処に発揮された。この天人の画は椿岳の名物の一つに数えられていたが、惜しい哉・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
一 またしても大阪の話である。が、大阪の話は書きにくい。大阪の最近のことで書きたいような愉快な話は殆んどない。よしんばあっても、さし障りがあって書けない。「音に聴く大阪の闇市風景」などという注文に応じて・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・伊助は鼻の横に目だって大きなほくろが一つあり、それに触りながら利く言葉に吃りの癖も少しはあった。 伊助の潔癖は登勢の白い手さえ汚いと躊躇うほどであり、新婚の甘さはなかったが、いつか登勢にはほくろのない顔なぞ男の顔としてはもうつまらなかっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 豹吉はそう思う前に、まずその女が眼触りであった。 ハナヤは豹吉やその仲間のいわば巣であり、ハナヤへ来れば、仲間の誰かが必ずトグロを巻いていて仲間の消息もきけるし、連絡も出来る。 ところが、仲間でも何でもない得体の知れぬ女が、毎・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 吉田の弟は病室で母親を相手にしばらく当り触りのない自分の家の話などをしていたがやがて帰って行った。しばらくしてそれを送って行った母が部屋へ帰って来て、またしばらくしてのあとで、母は突然、「あの荒物屋の娘が死んだと」 と言って吉・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・その音も善平の耳に障りて、笑ましき顔も少し打ち曇りしが、それはどんな人であっても探せばあらはきっと出る、長所を取り合ってお互いに面白く楽しむのが交際というものだ。お前はだんだん偏屈になるなア。そんな風で世間を押し通すことは出来ないぞ。とさす・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・村は色の白い柔和な、女にして見たいような少年、自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めていて、試験の時は必らず最優等の成績を得る処から教員は自分の高慢が癪に触り、生徒は自分の圧制が癪に触り、自分に・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・それが藤吉にグッと癪に触りましたというものは、これまでに朋輩からお俊は親方が手をつけて持て余したのを藤吉に押しつけたのだというあてこすりを二三度聞かされましたそうで、それを藤吉が人知れず苦にしていた矢先、またもやこういうて罵しられたものです・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・とお徳はお源の言葉が癪に触り、植木屋の貧乏なことを知りながら言った。「頼まれる位なら頼むサ」とお源は軽く言った。「頼むと来るよ」とお徳は猶一つ皮肉を言った。 お源は負けぬ気性だから、これにはむっとしたが、大庭家に於けるお徳の勢力・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫