・・・ 私が山下で降りるまでその男は私の前を動きませんでした。男の動かないと同じ様にそのどんづまりまで女王の様なツンとした態度をゆるませませんでした。 電車を降りて車にのった時、私はその男に勝った様にあの男の時々したうだうだな様子を思って・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・列は改札口にぎっしりつまって構内から溢れ、蜿蜒と道路を流れて山下の永藤パンの前まで続いた日があったそうだ。何とも云えない光景だったとそれをみた人が印象をつたえた。予定した汽車に乗れないどころか、いつの汽車にのれるか当もないのに、しかし列をは・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・遡って考えると、二十八年前の第一次ヨーロッパ大戦において、ヨーロッパ諸国及びアメリカは深刻極まる戦争の惨禍を経験している。ヨーロッパ資本主義間の利害の矛盾が、第一次大戦を起したことは誰の眼にも明瞭である。同時に、あれ程多くの血を流し、あれ程・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 今度は、低い、震える声で、「山下からステーションは駄目。」 猶、詳細を訊こうとすると、「皆、焼けちまったよ。お前、ひどいのひどくないのって。――」 五十を越した労働者風のその男は、俄に顎を顫わせ、遠目にも涙のわかる顔を・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
日本文化協会の催しで文楽座の人形使いの名人吉田文五郎、桐竹紋十郎諸氏を招いて人形芝居についての講演、実演などがあった。竹本小春太夫、三味線鶴沢重造諸氏も参加した。人形芝居のことをあまり知らない我々にとってはたいへんありがたい催しであっ・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫