・・・燕はこれを聞いてなんとも言えないここちになりまして、いっそ王子の肩で寒さにこごえて死んでしまおうかとも思いながらしおしおとして御返事もしないでいますと、だれか二人王子の像の下にある露台に腰かけてひそひそ話をしているものがあります。 王子・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・…… そこで、急いで我が屋へ帰って、不断、常住、無益な殺生を、するな、なせそと戒める、古女房の老巫女に、しおしおと、青くなって次第を話して、……その筋へなのって出るのに、すぐに梁へ掛けたそうに褌をしめなおすと、梓の弓を看板に掛けて家業に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・それから、しおしおとして山をお下りなすった時は、もうとっぷり暮れて、雪が……霙になったろう。 麓の川の橋へかかると、鼠色の水が一杯で、ひだをうって大蜿りに蜒っちゃあ、どうどうッて聞えてさ。真黒な線のようになって、横ぶりにびしゃびしゃと頬・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 人の胃袋の加減や腹工合はどうであろうと、私が腑に落ちないと申しますのはここなんでございますが、その時はただもう冷汗びッしょり、穴へでも入りたい気になりまして、しおしお片隅の氷のような腰掛へ下りました。 後馳せにつかつかと小走に入り・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と座蒲団差よせたれば、高津とならびて、しおしおと座につきぬ。 顔見ば語らむ、わが名呼ばれむ、と思い設けしはあだなりき。 寝返ることだに得せぬ人の、片手の指のさきのみ、少しく衾の外に出したる、その手の動かむともせず。 瞳キト・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・早瀬 お蔦しおしおと行きかかり、胸のいたみをおさえて立留る、早瀬ハッと向合う。両方おもてを見合わす。実に寒山のかなしみも、かくやとばかりふる雪に、積る……幕外へ。思いぞ残しける。男は足早に、女は静・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ああよくできたこれでおれはいつ死んでもえいと、父は口によろこばしき言をいったものの、しおしおとした父の姿にはもはや死の影を宿し、人生の終焉老いの悲惨ということをつつみ得なかった。そうと心づいた予は実に父の生前石塔をつくったというについて深刻・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・少年は抵抗することもできなく、またほかを歩いて、どうしようという考えも起こらず、そのまましおしおと宿にもどってきました。 その日の暮れ方になると、外へ出歩いていた乞食らがみんなもどってきました。あばた面は、たいそう不機嫌な顔つきをして帰・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ 子供は腹だたしさに、顔の色を赤くして、しおしおとしてその店の前を立ち去ってしまいました。 ある日二人は町の人々から追われて、港の端のところにやってきました。そこは海の中に突き出ていて、岩がそばだっています。そして波が寄せて躍り上が・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・ 乞食のじいさんは、二人が、へんにしおしおしているのを見て、どうしたわけかと聞きました。二人は、生れた子どもの名附親になってくれる人がないから困っているところだと話しました。じいさんはそれを聞いて、「では私がなって上げましょう。私だ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫