・・・新たな恋愛価値の創始、人格の飛躍が、一方、色情狂めいた性的好奇心の横行とともに、今日の社会には到るところに叫ばれていると思うのである。 けれども、翻ってそれを聞きその影響を受けようとする大多数の男性女性は、事実に於て今日如何なる生活を営・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・わたしたちは、そういう式場で「螢の光、まどの雪」という歌をうたい、涙を眼に湛えて誠之を卒業したのであった。 コの字に建てめぐらされた木造二階建の真下が女の遊び場で、左手にずっとひろがった広い砂利敷のところが男児運動場であった。そっちに年・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・徳川末期は、何故あのように色情文学が横行したかということを私共は真面目に考えるべきであると思う。現代の恋愛論が、多分の猥談的要素に浸潤されていること、両者の区別が極めて曖昧になっているところ。そこでは男も女も卑屈にさせられている。日本的事情・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・それらのことは父の葬儀の式場で、弔辞としても読み上げられた。併しながら、父が一人の父として、燦きのある暖い水のように豊富自由であり、相手を活かす愛情の能力をもち、而もそういう天賦の能力について殆どまとまった自意識を持たなかった程、天真爛漫で・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・本願寺の御連枝が来られたので、式場の天幕の周囲には、老若男女がぎしぎしと詰め掛けていた。大野が来賓席の椅子に掛けていると、段々見物人が押して来て、大野の膝の間の処へ、島田に結った百姓の娘がしゃがんだ。お白いと髪の油とのにおいがする。途中まで・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫