・・・ 其等の種々な音をにぎやかに立てながら、彼等は堤の草の間をほじったり、追っかけっこをしたりして、四季の分ちなく彼等には無上のものである水を、充分にたのしむのであった。「ああさっぱりした。何と云っても水ほど好い気持なものはないねえ・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
ヘンリー・ライクロフトの私記の中に、 自分は、斯うやって卓子の上にある蜜も、蜜であるが故に喜んで味わう――ジョンソンが云った通り、文学的素養のある人間と無い人間とは、生者と死者ほどの違いがある。この蜜についても、若し私・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・白いタオルでスーッとふいて四季の花をつけて、西洋白粉をはたいて、桜色の耳たぼとうるみのある眼を見つめた。女らしいやわらかさとかがやかしさを今見つけた様に、「だから女がすきだって云うんだ!」と鏡の中の自分に云った。一寸首をかしげてあま・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・実によく短いはっきりした筆で描写され、とくにマリイがヴィルヴィエイユの農園の羊番娘としての生活の姿は、四季の自然のうつりかわりと労働の結びつきの中に、無限の絵、ミレーの羊飼い女などのような絵と音楽とを感じさせる。オオドゥウのみずみずしく落着・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・ ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと告げて席を立った。 この事件のうわさはたちまち広まった。老人が役所を出ずるや、人々はその周囲を取り囲んでおもしろ半分、嘲弄半分、まじめ半分で事の成り行きを尋ねた。しかし・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・表門は側者頭竹内数馬長政が指揮役をして、それに小頭添島九兵衛、同じく野村庄兵衛がしたがっている。数馬は千百五十石で鉄砲組三十挺の頭である。譜第の乙名島徳右衛門が供をする。添島、野村は当時百石のものである。裏門の指揮役は知行五百石の側者頭高見・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・その薬は致死量でないにしても、薬を与えれば、多少死期を早くするかもしれない。それゆえやらずにおいて苦しませていなくてはならない。従来の道徳は苦しませておけと命じている。しかし医学社会には、これを非とする論がある。すなわち死に瀕して苦しむもの・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
・・・なぜ死期の近い病人の体を蝨が離れるように、あの女は離れないだろう。それに今の飾磨屋の性質はどうだ。傍観者ではないか。傍観者は女の好んで択ぶ相手ではない。なぜと云うに、生活だの生活の喜だのと云うものは、傍観者の傍では求められないからである。そ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ こうして、彼の妻はその死期の前を、花園の人々に愛されただけ、眼下の漁場に苦しめられた。しかし、花園は既にその山上の優れた位地を占めた勝利のために、何事にも黙っていなければならなかった。彼の妻は日々一層激しく咳き続けた。 ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・が、その生活には、山村の四季のさまざまな物の姿がしみ通っている。時おりの心のゆらぎを示すものも花や鳥の姿である。それを読んで行くと、いかにも静かではあるが、しかし心の奥底から動かされるような気持ちがする。特に敬服に堪えないのは、先生のいかに・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫