・・・ 反動団体の仕業であるのはすぐ感じられた。味噌汁をついで呉れている間にこちらから訊いた。「どこで?」「官邸。……軍人だって」「ふーむ」 犬養暗殺のニュースは、私に重く、暗く、鋭い情勢を感じさせた。閃光のように、刑務所や警察の・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ところがこんど制定される行政施行法によれば、すべて委員会と名のつくものは政府の統轄のもとにおかれなければならないことになる。政府にたいして独立の発言権をもてばこそ、たとえば労働委員会にしても勤労大衆の福祉のためになにかのプラスを加えることが・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・フィリッピンその他の諸民族が受けた惨虐は、日本にこれほどどっさりの未亡人をこしらえた、その軍事権力の仕業であることを知ったのである。 これらの事実をしみじみととりあげた上で、未亡人という三つの文字を考えるとき、現代の歴史の中で、未亡人の・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・チミの仕業だと思ったのだ。彼は手綱をとって馬の腹をうった。森の中から児供の泣き声は次第に近づき小さい裸の人間の形をしたものが雪路の上へ飛び出して来た。そして泣き叫びつつ橇を追っかけ始めた。百姓は夢中で橇を速める。小さい裸の人間の形をしたもの・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・連合国軍の進駐前、外国兵を人間でない者のように、只恐怖、憎悪すべきもののように教えていたのは、主として日本の軍関係の仕業であった。実際に接触してみると、大多数の人々は、教え込まれていた影像とは全く違った社会生活の訓練と、人間同士のつき合かた・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・祖母の仕業だ。祖母は朝はパンと牛乳だけしか食べない。発病した朝焼いたまま、のこしたのだろう。捨てることを誰も気がつかなかったのだ。涙組みながら、私は自分の涙を怪しんだ。奇妙ではないか、祖母は決してこのパンばかりしか食べるものが無かったのでは・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・或る春の心持の晴々とする朝、始業の鐘が鳴り、我々は、二階の教室に行こうとしていた。 どうかして自分はおそくなり、列の後の方に跟いて行った。皆、さほど大きな声は出さず、然し、若い生活力が漲り溢れるような囁きを交しながら、階段を昇って行く。・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・その頃は、毎朝、始業前に、運動場に集って深呼吸と、一寸した運動をすることになっていた。先生は、そのような時、その水色襷で、袂をかかげられる。 十字に綾どられた水色襷が、どんなに美くしく、心を捕えたのか。私と同級の一人の友達は、いつの間に・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・ 翌日は、夜が大変更けた故か孝ちゃんの一家の眼を覚ましたのはもう九時近くであったので、学校の始業時間よりおくれて起きた女中が炊く御飯をたべて間に合う筈がない。「困っちゃったなあ、 僕やだなあどうしよう。 おいお前何故早く・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫