・・・批評家自身の芸術観から編み上げた至美至高の理想を詳細に且つ熱烈に叙述した後に、結論としてただ一言「それ故にこれらの眼前の作品は一つも物になっていない」と断定するのもある。そういうのも面白いが、あまり抽象的で従って何時の世のどの展覧会にでも通・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ 小学校建築には政党政治の宿弊に根を引いた不正な施工がつきまとっているというゴシップもあって、小学生を殺したものは○○議員だと皮肉をいうものさえある。あるいは吹き抜き廊下のせいだというはなはだ手取り早で少し疑わしい学説もある。あるいはま・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・同じ注に、欧州大戦のときフランスに出征中のアメリカ軍では驢馬のいななくのを防ぐために「ある簡単なる外科手術を施行した」とある。やはり西洋人は残酷である。 昨夜これを読んだけさ「南北新話」をあけて見ると夜の明けやすい白無垢は損・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・これは青虫ほど旺盛な食慾をもっていないらしいが、その代り云わば少し贅沢な嗜好をもっていて、ばらの莟を選んで片はしから食って行くのである。去年はよく咲いたクリーム色のばらも今年はこのためにひどく荒らされてしまった。子供の時分に田舎の宅で垣根い・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・ここで自分は時々買い物をするが、そのたびにいつでも店員の中のあるものが一種の疑いの目をもって自分を注目しているような気がしたり、あるいは自分の美術に対する嗜好に同情をもっていないらしいある人たちのだれかが、不意に自分の肩をたたいて「相変わら・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・いつごろそんな商売をやりだしたか知らなかったが、今でも長者のような気持でいるおひろたちの母親は、口の嗜好などのおごったお上品なお婆さんであった。時代の空気の流れないこの町のなかでも、こんな人はまた珍らしかった。小柄なおひろはもう三十ぐらいに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・今日に至るまでこれを思考することができなかったとすれば、恐くは死に至るまで、わたくしは依然として呉下の旧阿蒙たるに過ぎぬであろう。 わたくしは思想と感情とにおいても、両ながら江戸時代の学者と民衆とのつくった伝統に安んじて、この一生を終る・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・わたくしは芸術が其の発生し、其の発達し来った本国を離れて、気候風土及び人種を異にした境に移された場合、其の芸術の効果と云い或は其の価値と称するものの何たるかを思考しなければならなかった。言を換うれば芸術の完全に鑑賞せられ得べき範囲についてお・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・すべての飲料のうちで珈琲が一番旨いという先生の嗜好も聞いた。それから静かな夜の中に安倍君と二人で出た。 先生の顔が花やかな演奏会に見えなくなってから、もうよほどになる。先生はピヤノに手を触れる事すら日本に来ては口外せぬつもりであったと云・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・これも疎忽ものが読むと、花袋君と小生の嗜好が一直線の上において六年の相違があるように受取られるから、御断りを致しておきたい。 花袋君がカッツェンステッヒに心酔せられた時分、同書を独歩君に見せたら、拵らえものじゃないかと云って通読しなかっ・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
出典:青空文庫