・・・著者の社会的判断の志向の責任もおのずから含まれているのである。「学生の生態」という題は、これに比べて濡れたガラスの面にさわるような感触を与える。外囲の或る条件のもとに自然物としての生物は変化する、その変化を客観的に観察する、生態学となそ・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・はいわゆる文壇の内幕をあばき、私行を改め、代作横行を暴露し、それぞれの作家を本名で槍玉にあげたことを、文学的意味ではなく、文壇的意味において物議をかもし出したのであった。 ある作家、編輯者はこの作に対して公に龍胆寺に挑戦をしたり、雑誌の・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・そのことによって、ひとを発見し、それぞれにちがいをもちながら共通なよりよい人生への志向を発見するのだ。 わたしたちがきょう青年の生の記録として、「きけわだつみのこえ」と「生き残った青年達の記録」をもち、更にこういう「わたしたちも歌える」・・・ 宮本百合子 「小さい婦人たちの発言について」
・・・ この異常な傾向或は嗜好は左翼文学の退潮と共に起ったものであった。原因には単純でないものがある。一時、情勢の昂揚につれて個人として見れば種々な点に鍛錬の足りない人々が運動に吸収された。後の困難な諸事情は、そういう人々の、いずれかと言えば・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ひろ子には、そういう重吉の特別な嗜好が実感された。さっき、コンロに湯わかしをかけたとき、「たしかに俺はこの頃茶がすきになったね」 重吉が、自分を珍しがるように云った。「もとは、ちっとも美味いなんと思わなかったが……」「この頃・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・を主とする茶道が、関西にしても関東にしても大ブルジョアの間にだけ、嗜好されているという現実である。骨董で儲けるには茶器を扱って大金持の出入りとならなければ望みはない。今日日本の芸術の特徴とされている「さび」は常人の日暮しの中からは夙に蒸発し・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・ 私は、四十代の婦人、結婚したばかりの婦人で、その人の持つ美のよい処を――嗜好上――現している人は、少ないと思います。 御返事の要点に触れなかったかもしれませんが。〔一九二三年三月〕・・・ 宮本百合子 「四十代の主婦に美しい人は少い」
・・・ 日本全国三十の放送局は中央放送局に統一されていて、番組編成の基準は、「国民文化の表現乃至は聴取者嗜好の反映として見る限りその番組は撩乱の姿を呈している」が、「放送効果の立場よりする聴衆の必然性の吟味或は社会的公正、文化的妥当の見地より・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・働くに適した思考力は彼の頭脳を痛めるのだ。それ故彼は食うことが出来なかった。彼はただ無為の貴さを日毎の此の丘の上で習わねばならなかった。ここでは街々の客観物は彼の二つの視野の中で競争した。 北方の高台には広々とした貴族の邸宅が並んでいた・・・ 横光利一 「街の底」
・・・この志向だけについて言えば別に問題はありません。これが真の自己を生かせる道ですから。 しかし私は自己を育てようとする努力に際して、この努力そのものがイゴイズムと同じく愛を傷うことのあるのを知りました。私は仕事に力を集中する時愛する者たち・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫