・・・「イヤ岡本君が見えたから急に行りにくくなったハハハハ」と炭鉱会社の紳士は少し羞にかんだような笑方をした。「何ですか?」 岡本は竹内に問うた。「イヤ至極面白いんだ、何かの話の具合で我々の人生観を話すことになってね、まア聴いて居・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・やはり、至極巧妙に印刷され、Five など、全く本ものと違わなかった。ところが、よく見るとSも、Hも、Yも、栗島も、同様に偽札を掴まされていた。軍医正もそうだった。 ところが、更に偽札は病院ばかりでなく、聯隊の者も、憲兵も、ロシア人・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それこそ却って奇怪至極。貴殿一人が悪いではないが、エーイ、癪に触る一世の姿。」「訳のよく分らぬことを仰せあるが、右膳申したる旨は御取あげ無いか。」「…………」「必ず御用いあることと存じて、大事も既に洩らしたる今、御用いなくば、後・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ない下心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添いの裏二階もう掌のうちと単騎馳せ向いたるがさて行義よくては成りがたいがこの辺の辻占淡路島通う千鳥の幾夜となく音ずるるにあなたのお手はと逆寄せの当坐の謎俊雄は至極御同意なれど経験なければまだまだ心怯・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ボタンの列の終ったところで、きゅっと細く胴を締めて、それから裾が、ぱっとひらいて短く、そこのリズムが至極軽妙を必要とするので、洋服屋に三度も縫い直しを命じました。袖も細めに、袖口には、小さい金ボタンを四つずつ縦に並べて附けさせました。黒の、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ああ、いまわしい、口に出すさえ無念至極のことであります。あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、では無いが、まさか、そんな事は絶対に無いのですが、でも、危い、それに似たあやしい感情を抱いたのではないか? あの人ともあろうものが。あんな無智な百姓女・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・発明と云っても、それは多くの人には発明でもなんでもない平凡至極なことであるが、しかし自分にとっては実に重大なる発明であり発見であったのである。 それは、外でもない。三時間か四時間だけ自動車を一台やとって、道路のいい田舎へ出かけてどこでも・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・全くこうした映画に全然興味をもとうという用意のない正直な観客には退屈至極な映画であろうと思われた。 しかし、私にはこのアステーア、ロジャースの踊りのデュエットは見ていてやっぱりおもしろい。自分は踊りの事は何も知らないし、ましてやこんな西・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく、口のききようも至極穏かであったので、舞台の仕事がすんで、黒い仕事着を渋い好みの着物に着かえ、夏は鼠色の半コート、冬は角袖茶色のコートを襲ねたりすると、実直な商人としか・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・粗悪な紙に誤植だらけの印刷も結構至極と喜ぼう。それに対する粗忽干万なジゥルナリズムの批評も聞こう。同業者の誼みにあんまり黙っていても悪いようなら議論のお相手もしよう。けれども要するに、それはみんな身過ぎ世過ぎである。川竹の憂き身をかこつ哥沢・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫