・・・彼は丁度獅子のように白い頬髯を伸ばした老人だった。のみならず僕も名を知っていた或名高い漢学者だった。従って又僕等の話はいつか古典の上へ落ちて行った。「麒麟はつまり一角獣ですね。それから鳳凰もフェニックスと云う鳥の、……」 この名高い・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・王女 わたしは何と云う不仕合せなのだろう。もう一週間もたたない内に、あの憎らしい黒ん坊の王は、わたしをアフリカへつれて行ってしまう。獅子や鰐のいるアフリカへ、(そこの芝わたしはいつまでもこの城にいたい。この薔薇の花の中に、噴・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・彼は純金の獅子を立てた、大きい象牙の玉座の上に度々太い息を洩らした。その息は又何かの拍子に一篇の抒情詩に変ることもあった。わが愛する者の男の子等の中にあるは林の樹の中に林檎のあるがごとし。…………………………………………・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・斃れた親を喰い尽して力を貯える獅子の子のように、力強く勇ましく私を振り捨てて人生に乗り出して行くがいい。 今時計は夜中を過ぎて一時十五分を指している。しんと静まった夜の沈黙の中にお前たちの平和な寝息だけが幽かにこの部屋に聞こえて来る。私・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・幇間なかまは、大尽客を、獅子に擬え、黒牡丹と題して、金の角の縫いぐるみの牛になって、大広間へ罷出で、馬には狐だから、牛に狸が乗った、滑稽の果は、縫ぐるみを崩すと、幇間同士が血のしたたるビフテキを捧げて出た、獅子の口へ、身を牲にして奉った、と・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・が、袷に羽織で身は軽し、駒下駄は新しし、為替は取ったし、ままよ、若干金か貸しても可い。「いや、串戯は止して……」 そうだ! 小北の許へ行かねばならぬ――と思うと、のびのびした手足が、きりきりと緊って、身体が帽子まで堅くなった。 ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 織次は飛んで獅子の座へ直った勢。上から新撰に飛付く、と突のめったようになって見た。黒表紙には綾があって、艶があって、真黒な胡蝶の天鵝絨の羽のように美しく……一枚開くと、きらきらと字が光って、細流のように動いて、何がなしに、言いようのな・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「どのみちはや御相談になるんじゃなし、丸髷でも、束髪でも、ないししゃぐまでもなんでもいい」「ところでと、あのふうじゃあ、ぜひ、高島田とくるところを、銀杏と出たなあどういう気だろう」「銀杏、合点がいかぬかい」「ええ、わりい洒落・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・二の烏 獅子、虎、豹、地を走る獣。空を飛ぶ仲間では、鷲、鷹、みさごぐらいなものか、餌食を掴んで容色の可いのは。……熊なんぞが、あの形で、椎の実を拝んだ形な。鶴とは申せど、尻を振って泥鰌を追懸る容体などは、余り喝采とは参らぬ図だ。誰も誰も・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・薬師山から湯宿を見れば、ししが髪結て身をやつす。 いや……と言ったばかりで、外に見当は付かない。……私はその時は前夜着いた電車の停車場の方へ遁足に急いだっけが――笑うものは笑え。――そよぐ風よりも、湖の蒼い水が、蘆の葉ごしに・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
出典:青空文庫