・・・ 彼女にとっては継子である嗣子夫妻との間に理解を欠き、亡夫の一周年でも過ぎたら、どうにかして、彼等は全く絶縁した生活を講じなければならない状態に成って来たのです。 夕方、山を眺めて涼みながら、私共は随分種々のことを話し合いました。・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・特に高崎郡領一揆と大久保利通にその例を見る維新の封建地主勢力の庇護のもとにあった志士団と革命的農民との敵対関係へ、われわれの注意を向けている点は見落すことのできないことである。 明治維新を「その被圧迫階級の立場から描くことこそマルクス・・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・を読んでいるとは思われず、私も亦マルクス学者でないから知らないが、引用している文章――「困難は、ギリシャ芸術及び史詩が或る社会的発達形態と結びついているのを理解することに在るのではない。困難は、それらが今も尚われらに芸術的享楽を与え、且・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・二、緑の騎士では p.320 以下ナンシーから八里へだたっているN町の機械工弾圧の光景描写 職工町がすべてとざされて、町の水のみ場の水は猫の死屍でよごされて、八月の炎天の下にくるしむ兵卒 ゾラより Vivid だ。〔欄外に・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
・・・ いつぞや中央公論新年号に出た日夏耿之介氏の明治詩史中、蒲原有明に対する評とともに、忘れ難い印象だ。「有明は自己の渋晦さをより明に意識しようとはせず、評言に動かされ、渋晦ならざらんとしたところに彼の破滅があった」と。・・・ 宮本百合子 「無題(五)」
・・・主簿といえば、刺史とか太守とかいうと同じ官である。支那全国が道に分れ、道が州または郡に分れ、それが県に分れ、県の下に郷があり郷の下に里がある。州には刺史といい、郡には太守という。一体日本で県より小さいものに郡の名をつけているのは不都合だと、・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・これは摂津国屋の嗣子で、小字を子之助と云った。文政五年は午であるので、俗習に循って、それから七つ目の子を以てわたくしの如きものが敢て文を作れば、その選ぶ所の対象の何たるを問わず、また努て論評に渉ることを避くるに拘らず、僭越は免れざる所である・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・あとには男子に、短い運命を持った棟蔵と謙助との二人、女子に、秋元家の用人の倅田中鉄之助に嫁して不縁になり、ついで塩谷の媒介で、肥前国島原産の志士中村貞太郎、仮名北有馬太郎に嫁した須磨子と、病身な四女歌子との二人が残った。須磨子は後の夫に獄中・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子のように腹這いながら、奇怪な哄笑を洩すのだ。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余は何者をも恐れぬぞ、余はナポレオン・ボナパルトだ」 こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・その顔は何処か正月に見た獅子舞いの獅子の顔に似ているところもあったが、吉を見て笑う時の頬の肉や殊に鼻のふくらはぎまでが、人間のようにびくびくと動いていた。吉は必死に逃げようとするのに足がどちらへでも折れ曲がって、ただ汗が流れるばかりで結局身・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫