・・・の畠で実際に目撃しました珍風景を、でたらめに大いにれいの行をかえて書いてみまして、それをおっかなびっくり、「あけぼの」の詩人のひとりに見てもらいましたところ、面白い、という事になり、その「あけぼの」の誌上に掲載されるという意外の光栄を得まし・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・という字をやたらに何にでもくっつけて、そうしてそれをどこやら文化的な高尚なものみたいな概念にでっち上げる傾きがあるようで、恋と言ってもよさそうなのに、恋愛、という新語を発明し、恋愛至上主義なんてのを大学の講壇で叫んで、時の文化的なる若い男女・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・私は、或いは、かの物語至上主義者になりつつあるのかも知れない。私生活に就ての手落は、私生活の上で、実際に示すより他は無い。見ていて下さい。いまに私は、諸君と一点うしろ暗いところなく談笑できるほどの男になります。それは、いつわりの無い、白々し・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・けていたジャンパー、ワイシャツ、セーター、ズボン、冗談を言いながら全部売り払い、かわりに古着の兵隊服上下を買い、浮いた金で昼から二人で酒を飲み、それから、大陽気で北川という青年とわかれ、自分ひとり京阪四条駅から大津に向う。なぜ、大津などに行・・・ 太宰治 「犯人」
・・・つけ扇子を持って、一字一句、活字になったときの字づらの効果を考慮し、他人が覘いて読んでも判るよう文章にいちいち要らざる註釈を書き加えて、そのわずらわしさ、ために作品らしき作品一つも書けず、いたずらに手紙上手の名のみ高い、そういうひとさえ出て・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至ったという事件が新聞紙上を賑わした。なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・ 発声映画 無声映画がようやく発達して、演技や見世物の代弁の地位を脱却し、固有の領域を設定しかけたときに、突然発声映画の器械が市場に現われた。それがためにようやく「雄弁」になりかけた無声映画は突然「おし」にされてしま・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・の分析については、かつて「思想」誌上で詳説したから、ここには再び繰り返しては述べない。しかし以上略説したところからでも、映画なるものがいかに自由に時間空間を駆使し統御しうるかを想像することはできるであろう。そういう意味で、映画芸術はほんとう・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・毛皮市場や祭礼の群衆の中にわれわれの親兄弟や朋友のと同じ血が流れている事を感じさせられ、われわれの遠い祖先と大陸との交渉についての大きな疑問を投げかけられるのであった。最後のクライマックスとして、荒野を吹きまくる砂風に乗じていわゆる「アジア・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 労働至上主義などというかび臭い説教はこの映画のどこからも自分には感じられない。この映画を見ていると工場の中で器械として働く人間は刑務所に働く囚徒と全く同じもののように思われる。学校生徒も同様である。この映画に現われる社交界の人々もやは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫