・・・熊本君は、ほっとした顔をして、佐伯の言を支持した。「酒を飲む人の話は、信用出来ませんからね。」と言って、頬に幽かな憫笑を浮かべた。「僕は、だめだ。」そう言って、私には、腹にしみるものが在った。「けれども僕は、絶望していないんだ。酒だって・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・元気とは、身体を支持するいきおい。精神の活動するちから。すべて物事の根本となる気力。すこやかなること。勢いよきこと。私は考える。自分にいま勢いがあるかどうか。それは神さまにおまかせしなければならぬ領域で、自分にはわからない事だ。お元気ですか・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・そうしてかえって、俗物の偽善に支持を与えるのはこの人たちである。日本には、半可通ばかりうようよいて、国土を埋めたといっても過言ではあるまい。 もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ! おの・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・この乳母は、終始、私を頑強に支持した。世界で一ばん偉いひとにならなければ、いけないと、そう言って教えた。つるは、私の教育に専念していた。私が、五歳、六歳になって、ほかの女中に甘えたりすると、まじめに心配して、あの女中は善い、あの女中は悪い、・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・三日、のたうち廻り、今朝快晴、苦痛全く去って、日の光まぶしく、野天風呂にひたって、谷底の四、五の民屋見おろし、このたび杉山平助氏、ただちに拙稿を御返送の労、素直にかれのこの正当の御配慮謝し、なお、私事、けさ未明、家人めずらしき吉報持参。山を・・・ 太宰治 「創生記」
・・・問うだけ損だよ、めくらめっぽう、私はひとり行くのだと悪ふざけして居る間に、ゼラチンそろそろかたまって、何か一定の方向を指示して呉れないものでもない、心もとなき杖をたよりに、一人二役の掛け合いまんざい、孤立の身の上なれども仲間大勢のふりして、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ みじめな生活をして来たんだ。そうして、いまも、みじめな人間になっているのだ。隠すなよ。 私事ではあるが、思い出すことがある。自分が、大学へ入ったその春に、兄が上京して来て、高田馬場の私の下宿の、近くにあったおそばやで、「おまえ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・東京の医者の子であったが、若い頃フランスに渡り、ルノアルという巨匠に師事して洋画を学び、帰朝して日本の画壇に於いて、かなりの地位を得る事が出来た。夫人は陸奥の産である。教育者の家に生れて、父が転任を命じられる度毎に、一家も共に移転して諸方を・・・ 太宰治 「花火」
・・・これだけでも映画というものの独特な使命が明白に指示されているように思う。 五 すみれ娘 日本の近代映画でも、PCLの提供するものの中には色々な点で有望な進歩の動向を示しているものがあるように思う。この「すみれ娘」な・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・火の伝播がいかに迅速であるとしても、発火と同時に全館に警鈴が鳴り渡りかねてから手ぐすね引いている火災係が各自の部署につき、良好な有力な拡声機によって安全なる避難路が指示され、群集は落ち着き払ってその号令に耳をすまして静かに行動を起こし、そう・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫