・・・背戸山の竹に雨の音がする。しずくの音がしとしとと聞こえる。その竹山ごしに隣のお袋の声だ。「となりの旦那あ、湯があきましたよ」「はあえ――」 おはまが竈屋から答える。兄夫婦は湯に呼ばれていった。省作は小座敷へはいって今日の新聞を見・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・寒い日には、親爺の鼻さきには水ばなのしずくが止まっている。時々それがぽとりと落ちる。 帰って、──いつも家へ着くのは晩だが、その翌朝、先ず第一に驚くことは、朝起きるのが早いことである。五時頃、まだ戸外は暗いのに、もう起きている。幼い妹な・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・逆さまに吊られた口からは、血のしずくが糸を引いて枯れ草の平原にポタ/\と落ちた。「お前ら、出て行くさきに、ここへ支那人がやって来たのを見やしなかったか?」 宿舎の入口には、特務曹長が、むつかしげな、ふくれ面をして立っていた。「特・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・水のしずくが、足もとにポツ/\落ちていた。カンテラの火がハタ/\ゆれた。 彼は、恋のへちまのと、べちゃくちゃ喋るのが面倒だった。カンテラを突き出た岩に引っかけると、いきなり無言で、彼女をたくましい腕×××××。「話ってなアに?」・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ところが今度命の水をかけようと思いますと、もう水が一としずくもありませんでした。「おやおや、これではもうどうすることも出来ません。」と王女は言いました。王さまは、とうとうそれなり、ほんとうの死骸になっておしまいになりました。 そうな・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・と言いながら、目から涙を一としずくながして、「さあ、涙、大きな河になっておくれ。」と言いました。するとたちまちそこへ大きな大きな河ができました。王子はそれで安心して、また王女の手をとってにげました。 みんなは、長い間どんどん走りつづ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・そう言って微笑む郵便屋の鼻の先には、雨のしずくが光っていた。二十二、三の頬の赤い青年である。可愛い顔をしていた。「あなたは、青木大蔵さん。そうですね。」「ええ、そうです。」青木大蔵というのは、私の、本来の戸籍名である。「似ていま・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・はもちろんであるが「灰汁桶のしずくやみけりきりぎりす」「芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな」「鉄砲の遠音に曇る卯月かな」等枚挙すれば限りはない。 すべての雑音はその発音体を暗示すると同時にまたその音の広がる空間を暗示する。不幸にして現在の録・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「灰汁桶のしずくやみけりきりぎりす」などはイディルレの好点景であり、「物うりの尻声高く名乗りすて」は喜劇中のモーメントである。少なくも本邦のトーキー脚色者には試みに芭蕉蕪村らの研究をすすめたいと思う。 未来の映画のテクニックはどう進歩す・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・マデレーヌの近くの一流のカフェーで飲んだコーヒーのしずくが凝結して茶わんと皿とを吸い着けてしまって、いっしょに持ち上げられたのに驚いた記憶もある。 西洋から帰ってからは、日曜に銀座の風月へよくコーヒーを飲みに出かけた。当時ほかにコーヒー・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫