・・・ はやしのなかにふるきりの、 つぶはだんだん大きくなり、 いまはしずくがポタリ」 霧がツイツイツイツイ降ってきて、あちこちの木からポタリッポタリッと雫の音がきこえてきました。「ポッシャン、ポッシャン、ツイ・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・ 何年ねかして置くかしれないものを、まあいわば、永年の御親しずくでいただくんですから。 三四十円のものを五十円で手を打ちましょうと云うのは、非常に商売気をはなれたこってす。 それでおいやだったら御ことわりです。 これだけ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・私はひとりささやかな我芸術の花園に此 水のしずくを送ろう。土が柔らかなら花床よ私の涙をしっとりと吸い優い芽をめぐませて呉れ花も咲くように―― 涙はあまり からくないか。―― *彼ゆ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・ 小鳥さえも居ない木から木へと見すかしては友達をさがす様な様子をして、甘ったれる様に鼻をならしたり小雨のしずくをはらう様に身ぶるいをしたりする。 楽しそうで又悲しそうに初めて野放しの馬を見た私の心は思う。 まるで百年の昔にもどっ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・本の若い精神がその青春の嵐とともに直面していた歴史的な波瀾だの、そのことと弟の内生活の相剋だのの点には、余りふれられていなかったが、愛する息子を喪ったもう若くない父親が、八月の蒸し暑い雨の夜、その雨のしずくに汗と涙を交えて頬に流しつつ、湿っ・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・黄金の川面からブラッシについて落ちるしたたりは黄金のしずくのようで舟も又それと同じにかがやいて居る。黄金の舟に、黄金の水、はだかんぼうな赤鬼はその上を走り廻って居る。……まるで草紙の中の插絵のような有様を、海の色も空の様子も忘れはてて見入っ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・の和毛をそよがせながら話した。そして炬燵布団に、髯もじゃの顔を押しつけて居眠りを始めた。祖母は笑いながらゆり起した時、見事な髯に白く「よだれ」のしずくがたった一つつつましげに輝いて居た。その「よだれ」のしずくはすっかり私の気持をやわらげて仕・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・女であるならば、戦争中ひとしずくでも涙をこぼした覚えのある女であるならば、戦争に徹頭徹尾反対した政党があったという事実を意味ふかくかえりみるのではないだろうか。その事実のうちに、千万言にまさる道義が存在することを今にして会得するであろうと信・・・ 宮本百合子 「婦人の一票」
・・・が、その頃はまだ非合法であった日本勤労人民解放のためのたたかいに、どんなに辛棒づよく努力したか、警察や家庭の封建的な習慣のために、どんなに苦しい思いを経験したか、私はそれを大町さんの眼にたまった涙の一しずく毎に、知って居ります。 大町さ・・・ 宮本百合子 「婦人の皆さん」
・・・まだポトリ ポトリ 雨のしずくがトタン屋根にしたたっているが、前の瓦屋根越に見えるよその排気筒はしずかにゆるやかにまわって、蠅が 巻き上げた簾のところで かたまってとびまわっている。柿の花が目にとまった。見るととなりの庭の土の上に いくらか・・・ 宮本百合子 「無題(十)」
出典:青空文庫