・・・即ち今の有婦の男子が花柳に戯るゝが如き不品行を警しめたるものならんなれども、人間の死生は絶対の天命にして人力の及ぶ所に非ず。昨日の至親も今日は無なり。既に無に帰したる上は之を無として、生者は生者の謀を為す可し。死に事うること生に事うるが如し・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・天下の人皆病毒に感ず、流行病は天下の流行にして、西洋諸国また然りとのことなれば、もはや我が身も自ら顧みるに遑あらず、共にその毒に伝染して広く世界の人と病苦死生を与にすべしとて、自暴自棄する者あるべきや。我輩未だその人を見ざるのみならず、その・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・例えば、政府の施政が気に喰わなんだり、親達の干渉をうるさがったり、無暗に自由々々と絶叫したり――まあすべての調子がこんな風であったから、無論官立の学校も虫が好かん。処へ、語学校が廃されて商業学校の語学部になる。それも僅かの間で、語学部もなく・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・Sport で鍛錬した、強壮なお体で、どんな女でも来てみろと云うお心持で、長椅子に掛けていらっしゃったあなたに失望いたしたので、昔の世慣れない姿勢の悪い青年でいらっしゃらないのに当惑いたしたのでございます。それで客間に這入り兼ねていました。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・顔はすこし南向きになったままちっとも動かれぬ姿勢になって居るのであるが、そのままにガラス障子の外を静かに眺めた。時は六時を過ぎた位であるが、ぼんやりと曇った空は少しの風もない甚だ静かな景色である。窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀が・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・何だか手を気を付けの姿勢で水を出たり入ったりしているようで滑稽だ。先生も何だかわからなかったようだが漁師の頭らしい洋服を着た肥った人がああいるかですと云った。あんまりみんな甲板のこっち側へばかり来たものだから少し船が傾いた。風が出て・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・まずさしあたり、日本の首相吉田が、再開の国会において、一般施政方針の演説もしないで、日本のタフト・ハートレー法を通過させようとしていることは、妙だ、ということである。政治一般の方針を示さず、検討せず、どうして公務員法案だけは通してよい法案で・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・谷崎潤一郎の「刺青」などを先頭として。同時に『新思潮』という文学雑誌を中心に芥川龍之介が「鼻」「羅生門」などを発表し、菊池寛が「無名作家の日記」を発表したりした時代であった。婦人作家として、野上彌生子が「二人の小さきヴァガボンド」を発表し、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・ すこし行ってもう一度ふりかえったら、コリーはまだそこにいて、同じような姿勢のままこちらを凝っと見ているのであった。〔一九三九年十―十一月〕 宮本百合子 「犬三態」
・・・ しかしながら、散文精神の発足にやはり時代のかげが落ちていて、芸術が現実へ働きかけてゆく面からそれが云われず、どちらかと云うと、現実の反映としての小説をより見たことは、散文精神が、市井風俗小説を多産するに至ったことで裏づけられている。・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
出典:青空文庫