・・・山脈は若い白熊の貴族の屍体のようにしずかに白く横たわり、遠くの遠くを、ひるまの風のなごりがヒュウと鳴って通りました。それでもじつにしずかです。黒い枕木はみな眠り、赤の三角や黄色の点々、さまざまの夢を見ている時、若いあわれなシグナルはほっと小・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・そこから出発して宗達は賢くも、樹木、流木、岩や山などの自然又は橋、船、車、家屋というような建造物を先ず様式化し、生きている人間が示す感興つきない様々の姿態はそのままの血のぬくみをもって、簡明にされた背景の前に浮きたたせたと思える。 そう・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・まんじ巴と男女の性がいりみだれ、どんな姿態が展開されたにしても、大局からみれば、文学に渦まくそのまんじ巴そのものが、日本の悲劇と無方向を語るものでしかない。D・H・ローレンスの作品のあるものは、一九三〇年代のはじめごろ、日本に翻訳された。三・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・十日も経って、沼から彼等の長靴があがり、やっと死体が発見された。或る村では、都会から派遣された集団農場の組織者が、窓越しに鉄砲を射たれて死んだ。せっかく村へよこされたトラクターが深夜何者かによって破壊されたという例は一再ならず我々の耳目にさ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・其が、完く、泣虫寺のおしょうの見たように踊り廻り、とっ組み合い、千変万化の姿態で私の前に現れます。 その一つ一つに、何か不具なところが在るように思われます。この不具は、存在の全部を否定するものではございませんが、兎に角、何か不具なところ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・この間新聞に、通称ママといわれる売笑婦が焼跡の空きビルで屍体となって発見されたという記事がありました。世界には有名なゾラの小説でナナという売笑婦がありました。ミミという売笑婦もいました。ルルという女もいます。同じ字を二つ重ねた売笑婦の愛嬌の・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・そして、六日午前五時すぎ、小菅刑務所のわきの五反野南町のガード下で、無残な轢死体としての下山総裁が発見された。 日本じゅうに非常なセンセーションがまきおこった。五日の午前九時すぎ下山総裁が三越で自動車をのりすててから死体となって発見され・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・も、こけおどしめいて大群集を色彩豊かに舞台の上に並べたてるが、その一幕の中心となる情景に向って、数百人の人間の動きを統一させ、照明とともにあくまでもテーマに即した感情表現・姿態をさせている。主役の補助、舞台効果の奥ゆきとしてつかっている。こ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・そういう日常の姿態の女として描かれている。妻とのせっぱつまった苦しい感情、父、弟からの人間として遠い感情、この一郎の暗澹とした前途をHさんは「一撃に所知を亡う」香厳の精神転換、或は脱皮をうらやむ一郎の心理に一筋の光明を托して、一篇の終りとし・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・が『三田文学』に連載されやがて一般の興味をひきつけた時代には、そのエロティシズムも、少女から脱けようとしている特異な江波の生命の溢れた姿態の合間合間が間崎をとらえる心理として描かれており、皮膚にじっとりとしたものを漲らせつつも作者の意識は作・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
出典:青空文庫