・・・そこに下見囲、板葺の真四角な二階建が外の家並を圧して立っていた。 妻が黙ったまま立留ったので、彼れはそれが松川農場の事務所である事を知った。ほんとうをいうと彼れは始めからこの建物がそれにちがいないと思っていたが、這入るのがいやなばかりに・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・妙にぐしゃぐしゃという音をたてて口の中を泡だらけにして、そうしてあの板塀や下見などに塗る渋のような臭気を部屋じゅうに発散しながら、こうした涅歯術を行なっている女の姿は決して美しいものではなかったが、それにもかかわらず、そういう、今日ではもう・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 陽子、弟の忠一、ふき子、三日ばかりして、どやどや下見に行った。大通りから一寸入った左側で、硝子が四枚入口に立っている仕舞屋であった。土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳が、陽子の借りようという座敷であった。「まだ新しいな」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・父は裏庭に向った下見窓の板じきのところに蓄音器をおいて、よくひとりでそれをかけては聴いていた。そういうとき、何故か母はその傍にいず、凝っと音楽をきいている父の後姿には、小さい娘の心を誘ってそーっとその側へ座らせるものをもっていた。四十を出た・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・ いろんな目立たない隅々から古い本棚だの古い本だのをもって来て、下見窓のわきに並べた。その最初の蒐集の中に、今再び埃の下から現れた赤いクロースの『太陽』だの『美奈和集』だの、もうどこかへ行って跡かたもない黒背皮の『白縫物語』だの『西鶴全・・・ 宮本百合子 「本棚」
出典:青空文庫