・・・序ながら菊池が新思潮の同人の中では最も善い父で且夫たる事をつけ加えて置く。 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・松岡の手紙によると、新思潮は新潟県にまじめな読者をかなり持っているそうだ。そうしてその人たちの中には、創作に志している青年も多いそうだ。ひとり新思潮のためのみならず、日本のためにも、そういう人たちの多くなることを祈りたい。もし同人のうぬぼれ・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・だから十三世紀以前には、少くとも人の視聴を聳たしめる程度に、彼は欧羅巴の地をさまよわなかったらしい。所が、千五百五年になると、ボヘミアで、ココトと云う機織りが、六十年以前にその祖父の埋めた財宝を彼の助けを借りて、発掘する事が出来た。そればか・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・十三日名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩はいかなる家族の手落からか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼となろうとしたところを、一匹の黒犬のために啣え出された。市長は今後名古屋市・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ 初めて会ったのは、第三次の新思潮を出す時に、本郷の豊国の二階で、出版元の啓成社の人たちと同人との会があった、その時の事である。一番隅の方へひっこんでいた僕の前へ、紺絣の着物を着た、大柄な、色の白い、若い人が来て坐った。眼鏡はその頃はま・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・けだし我々がいちがいに自然主義という名の下に呼んできたところの思潮には、最初からしていくたの矛盾が雑然として混在していたにかかわらず、今日までまだ何らの厳密なる検覈がそれに対して加えられずにいるのである。彼らの両方――いわゆる自然主義者もま・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・澄むの難く濁るの易き、水の如き人間の思潮は、忽ちの内に、濁流の支配する処となった、所謂現時の上流社会なるものが、精神的趣味の修養を欠ける結果、品位ある娯楽を解するの頭脳がないのである、彼等が蕩々相率ひて、浅薄下劣な娯楽に耽るに至れるは勢の自・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・女学校を出たてのお嬢さんが結婚よりも女の独立を主張し、五十六十のお婆さんまでが洋服を着て若い女と一緒に参政権を絶叫し、台所のお爨どんまで時間制を高唱して労働運動に参加しようとする今日の思潮は世間の大勢で如何ともする事が出来ないのを、官僚も民・・・ 内田魯庵 「四十年前」
私は、その青春時代を顧みると、ちょうど日本に、西欧のロマンチシズムの流れが、その頃、漸く入って来たのでないかと思われる。詩壇に、『星菫派』と称せられた、恋愛至上主義の思潮は、たしかに、このロマンチシズムの御影であった。 それは、ち・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・そしてわれわれに文化伝統を与えてくれた師長を忘れることはできぬ。日蓮は父母の恩、師の恩と並べて、国土の恩を一生涯実に感謝していた。これは一見封建的の古い思想のように見えるが決してそうでない。最近の運命共同体の思想はこれを新たに見直してきたの・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫