・・・このチキンライスの話と輪飾りの話には現代思潮の反映がある。 そうかと思うとまたある日本食堂で最近代的な青年二人と少女二人の一行が鯛茶を注文していたが、それが面前に搬ばれたときにこの四人の新人は、胡麻味噌に浸された鯛の繊肉を普通のおかずの・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ それは薄曇りの風の弱い冬日であったが、高知市の北から東へかけての一面の稲田は短い刈株を残したままに干上がって、しかもまだ御形も芽を出さず、落寞として霜枯れた冬田の上にはうすら寒い微風が少しの弛張もなく流れていた。そうした茫漠たる冬田の・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・中世のドイツを見るような気がしておもしろうございました。市庁の床下の囚獄を見た時は、若い娘さんがランプをさげて案内してくれました。罪人は藁も何もない板の寝床にねかされて、パンも水ももらえなかったと話しました。いっしょに行ったチロル帽の老人が・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・若干の安全係数をかけて設計してあるはずであるが、変化のはげしい風圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法によって作ったものでは、弛張のはげしい風の息の偽週期的衝撃に堪え・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・原著を読まないで引用書を通して読んだのであるからあまり強いことは言われないが、これだけの事実から、鷙鳥類の嗅覚の弱いことを推論するのははなはだ非科学的であろうと思われるし、ましてや、とんびの場合に嗅覚がなんらの役目をつとめないということを結・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・そして音の高低や弛張につれて私の情緒も波のように動いて行った。異国の遠い昔に対するあくがれの心持ちや、英雄の運命の末をはかなむような心持ちや、そう言ったようなものが、なんとなく春の怨を訴えるような「無語歌」と一つにとけ合って流れ漂って行くの・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・ 現在の科学の基礎方則を疑うのは危険であっても、社会主義が国家主義に危険であったり青年の思潮が老人に危険であるのとは趣を異にする。この説明は歴史がしてくれるのである。プトレミー派の学者は地球を不動と考えて、太陽は勿論其の他の遊星も皆その・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・ 水の流れや風の吹くのを見てもそれは決して簡単な一様な流動でなくて、必ずいくらかの律動的な弛張がある、これと同じように生物の発育でも決して簡単な二次や三次の代数曲線などで表わされるようなものではない。 例えば昆虫の生涯を考えても、卵・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・そうして子細に考えてみると緊張に次ぐ弛緩の後にその余波のような次第に消え行く弛張の交錯が伴なうように思われる。しかし弛緩がきわめて徐々に来る場合はどうもそうでないようである。 惰性をもったものがその正常の位置から引き退けられて、離たれた・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・わたくしが人より教えられざるに、夙く学生のころから『帰去来の賦』を誦し、また『楚辞』をよまむことを冀ったのは、明治時代の裏面を流れていた或思潮の為すところであろう。栗本鋤雲が、門巷蕭条夜色悲 〔門巷は蕭条として夜色悲しく声在月前・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫