・・・南画じみた山水の中にも、何処か肉の臭いのする、しつこい所が潜んでいる。其処に芸術家としての貪婪が、あらゆるものから養分を吸収しようとする欲望が、露骨に感ぜられるのは愉快である。 今日の流俗は昨日の流俗ではない。昨日の流俗は、反抗的な一切・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・この二氏の内の意見についての僕の考えを兄に報ずるに先立って、しつこいようだけれども、もう一度繰り返しておかなければならないのは、あの宣言なるものは僕一個の芸術家としての立場を決めるための宣言であって、それをすべての他の人にまであてはめて言お・・・ 有島武郎 「片信」
・・・「何、旦那さん、癇癪持の、嫉妬やきで、ほうずもねえ逆気性でね、おまけに、しつこい、いんしん不通だ。」「何?……」「隠元豆、田螺さあね。」「分らない。」「あれ、ははは、いんきん、たむしだてば。」「乱暴だなあ。」「こ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 芸者じゃねえってのに、しつこい奴だな」「まだ隠してるよ! あなたが言わなきゃ俥屋に聞いてやる」「俥屋が何とか言ってますか?」と背後からお光が入って来た。「あら!」と女中は真赤になって、「まあ、御免なさいまし。いえね、お尻を振ら・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「へえ? 本当か?」 びっくりしていた。「十万円あれば、高利貸に二千円借りる必要はなかろうじゃないか。デマだよ」「十万円は定期で預けていて、引き出せんのじゃないかね」「しつこいね。僕は生れてから今日まで、銀行へ金を預けた・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ あいつらのしつこいのには根負けがしそうだぞ!」 ワーシカは、夜が短い白夜を警戒した。涼しかった。黒竜江の濁った流れを見ながら、大またに、のしのしと行ったりきたりするのは、いい気持のものだ。 八月に入って、密輸入者はどうしたのか、ふ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・しかしそれと同時に、彼は恵子をすっかり自分のものにしたい気持を感じだしてきた。しつこい強さできた。龍介は危い自分を意識したが、だめだった。彼の気持はずうと前に行ってしまっていた。彼はそのことを打ち明けるのに、市から汽車に乗って三十分ほどで行・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・の腕前をほめてくれて、私はわびしいやら、腹立たしいやら、泣きたい気持なのだけれど、それでも、努めて、嬉しそうな顔をして見せて、やがて私も御相伴して一緒にごはんを食べたのであるが、今井田さんの奥さんの、しつこい無智なお世辞には、さすがにむかむ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・そうして、私たちのように、その人物にしつこい興味など持たない。彼は、ただ見ている。猫が、だるそうにやってくる。それを阿呆みたいに抱きかかえる。一言にしていえば、アニュイ。 音楽家で言えば、ショパンでもあろうか。日本の浪花節みたいな、また・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
・・・あんまりしつこいじゃアないか。くさくさしッちまうよ」と、じれッたそうに廊下を急歩で行くのは、当楼の二枚目を張ッている吉里という娼妓である。「そんなことを言ッてなさッちゃア困りますよ。ちょいとおいでなすッて下さい。花魁、困りますよ」と、吉・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫