・・・弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに、弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風がある。長・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・として信じ、美しい願望も人間には在るという事を忘れているのは、間違いであります。念々と動く心の像は、すべて「事実」として存在はしても、けれども、それを「真実」として指摘するのは、間違いなのであります。真実は、常に一つではありませんか。他は、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ちゃんと指摘されています。 君の手紙だって同じ事です。君は、君自身の「かよわい」善良さを矢鱈に売込もうとしているようで、実にみっともない。君は、そんなに「かよわく」善良なのですか。御両親を捨てて上京し、がむしゃらに小説を書いて突進し、と・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私は、ひとりよがりの謂わば詩的な夢想家と思われるのが、何よりいやだった。兄たちだって、私がそんな非現実的な事を言い出したら、送金したくても、送金を中止するより他は無かったろう。実情を知りながら送金したとなれば、兄たちは、後々世間の人から、私・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ことにも、私的な生活に就ての弁明を、このような作品の上で行うことは、これは明らかに邪道のように思われる。芸術作品は、芸術作品として、別個に大事に持扱わなければ、いけないようにも思われる。私は、或いは、かの物語至上主義者になりつつあるのかも知・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 作中の典拠を指摘する事が批評家の知識の範囲を示すために、第三者にとって色々の意味で興味のある場合もかなりにある。該博な批評家の評註は実際文化史思想史の一片として学問的の価値があるが、そうでない場合には批評される作家も、読者も、従って批・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ これと場合はちがうが、われわれは子供などに科学上の知識を教えている時にしばしば自分がなんの気もつかずに言っている常套の事がらの奥の深みに隠れたあるものを指摘されて、職業科学者の弱点をきわどく射通される思いがする事はないでもない。 ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・誌上で俳諧連句の構成が映画のモンタージュ的構成と非常に類似したものであるということを指摘したことがある。その後エイゼンシュテインの所論を読んだときに共鳴の愉快を感ずると同時に、彼が連句について何事も触れていないのを遺憾に思った。おそらく彼は・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・冬になるとよく北の山に山火事があって、夜になるとそれが美しくまた物恐ろしい童話詩的な雰囲気を田園のやみにみなぎらせるのであった。 友だちと連れ立って夜ふけた田んぼ道でも歩いているときだれの口からともなく「キーターヤーマー、ヤーケール、シ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そして虫の生活が次第に人間に近く見えて来ると同時に、色々の詩的な幻覚は片端から消えて行った。 M君が来た時に、この話をしたら、M君は笑って、「だいぶ暇だと見えるね」と云った。しかし、M君自身もやはりだいぶ暇だと見えて、この間自分で蟻の巣・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫