・・・ 突然横槍を入れたのは、飯沼という銀行の支店長だった。「河岸を変えた? なぜ?」「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に遇ったというのは?」「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」 藤井は昂・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・僕はその店をちらりと見た時、なぜか「ああ、Sの家は青木堂の支店だった」と思った。「君は今お父さんと一しょにいるの?」「ああ、この間から。」「じゃまた。」 僕はSに別れてから、すぐにその次の横町を曲った。横町の角の飾り窓にはオ・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・その内に運が向いて来たのか、三年目の夏には運送屋の主人が、夫の正直に働くのを見こんで、その頃ようやく開け出した本牧辺の表通りへ、小さな支店を出させてくれました。同時に女も奉公をやめて、夫と一しょになった事は元より云うまでもありますまい。・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・それでも結局「修善寺野田屋支店」だろうということになったが、こんな和文漢訳の問題が出ればどこの学校の受験者だって落第するにきまっている。 通信部は、日暮れ近くなって閉じた。あのいつもの銀行員が来て月謝を取扱う小さな窓のほうでも、上原君や・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・という言葉を、お前は随分気に入って、全国支店長総会なんかで、やたらに振りまわしていたね。そんな時、お前は自分ひとりの力で、「今日ある」をもたらしたような口利いていたが、聴いていて、おれは心外……いや、おかしかった。なにが、お前ひとりの力で…・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・かれが支店の南洋にあるを知れる友らはかれ自らその所有の船に乗りて南洋に赴くを怪しまぬも理ならずや。ただひたすらその決行を壮なりと思えるがごとし。 女の解し難きものの一をわが青年倶楽部の壁内ならでは醸さざる一種の気なりといわまほし。今の時・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 最後にこの天理の自然、生命の法則という視点から、最初に立ちかえって、夫婦生活というものには無理が含まれていることも、英知をもって認めておかなくてはならぬ。この無理をどう扱うかということが生活のひとつの知恵である。 性の欲求、恋愛は・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 六 種々の視点への交感 教養としての倫理学研究は必ずしも一つの立場からの解決を必要としない。人間の倫理観のさまざまなる考え方、感じ方、解決のつけ方等をそれぞれの立場に身をおいて、感味して見るのもいい。それは人間とし・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・大量生産の機運に促されて、廉価な叢書の出版計画がそこにも競うように起こって来たかと思いながら、日本橋手前のある地方銀行の支店へと急いだ。郷里の山地のほうにいる太郎あてに送金するには、その支店から為替を組んでもらうのが、いちばん簡単でもあり、・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・名古屋の支店へ左遷されたのである。ことしの年賀状には、百合とかいう女の子の名前とそれから夫婦の名前と三つならべて書かれていた。銀行員のまえには、三十歳くらいのビイル会社の技師に貸していた。母親と妹の三人暮しで、一家そろって無愛想であった。技・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫