・・・二人分を感じて、私の心は撓うようです。撓いつつ甘美な苦痛を感じて、折れないという自覚のよろこび。 抽象的なことを喋って御免なさい。でも時々はこれもいるのです。私の精神衛生の見地からね。ああ、私共は、沢山沢山感じて生きているのだからね。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・大腿のところに、木刀か竹刀かで、内出血して、筋肉の組織がこわされるまで擲り叩いて重吉を拷問した丁度その幅に肉が凹んでいて、今も決して癒らずのこっているのであった。 四 腰かける高いテーブルで、重吉が書きものをし・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・会杜の徽章の附いた帽を被って、辻々に立っていて、手紙を市内へ届けることでも、途中で買って邪魔になるものを自宅へ持って帰らせる事でも、何でも受け合うのが伝便である。手紙や品物と引換に、会社の印の据わっている紙切をくれる。存外間違はないのである・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫