・・・十一月一日に六郎左衛門が家のうしろの家より、塚原と申す山野の中に、洛陽の蓮台野のやうに死人を捨つる所に、一間四面なる堂の仏もなし。上は板間合はず、四壁はあばらに、雪降り積りて消ゆる事なし。かゝる所に敷皮うちしき、蓑うちきて夜を明かし、日を暮・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 百姓は、生命よりも土地が大事だというくらい土地を重んじた。 死人も、土地を買わなければ、その屍を休める場所がない。――そういう思想を持っていた。だから、棺桶の中へは、いくらかの金を入れた。死人が、地獄か、極楽かで、その金を出して、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・それで上に残った者は狂人の如く興奮し、死人の如く絶望し、手足も動かせぬようになったけれども、さてあるべきではありませぬから、自分たちも今度は滑って死ぬばかりか、不測の運命に臨んでいる身と思いながら段下りてまいりまして、そうして漸く午後の六時・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・悪口をいえば骨董は死人の手垢の附いた物ということで、余り心持の好いわけの物でもなく、大博物館だって盗賊の手柄くらべを見るようなものだが、そんな阿房げた論をして見たところで、野暮な談で世間に通用しない。骨董が重んぜられ、骨董蒐集が行われるお蔭・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ この大きな被害も、つまり大部分が火災から来たわけで、ただ地震だけですんだのならば、東京での死人もわずか二、三千人ぐらい、家屋その他の損害も八、九十分の一ぐらいにとどまったろうということです。 地震の、東京での発震は、九月一日の午前・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・追悼文は、いやだ。死人に口がないのだから、なお、いやだ。 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢とに満つ。斯のごとく汝らも外は正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。蛇よ、蝮の裔よ、なんじら争で、ゲヘナの刑・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・病兵の顔は蒼ざめて、死人のように見えた。嘔吐した汚物がそこに散らばっていた。 「どうした? 病気か」 「ああ苦しい、苦しい……」 とはげしく叫んで輾転した。 酒保の男は手をつけかねてしばし立って見ていたが、そのまま、蝋燭の蝋・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・気象観測の結果から風向旋転の順位が相当たしかに予測され、そうして出火当初に消防方針を定めまた市民に避難の経路を指導することができたとしたらおそらく、あれほどの大火には至らず、また少なくもあんなに多くの死人は出さずに済んだであろうと想像される・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・例えば、日大の学生がその母と妹とに殺された事件、玉の井の溝からばらばらに切り放された死人の腕や脚が出た事などは今だに人の記憶しているくらいで、そう毎日起る事件ではない。目下いずこの停車場の新聞売場にも並べられている小新聞を見ると、拙劣鄙褻な・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫