・・・それだからこの間家にいた時も、私を出し抜いてお芝居へいらしったんだわ。私は大変に恨むからいい。 はて恐いな。お前に恨まれたらば眠くなって来た。と善平はそのまま目を塞ぐ。あれお休みなさってはいやですよ。私は淋しくっていけませんよ。と光代は・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・この二人が差向いにて夕餉につく様こそ見たけれなど滑稽芝居見まほしき心にて嘲る者もありき。近ごろはあるかなきかに思われし源叔父またもや人の噂にのぼるようになりつ。 雪の夜より七日余り経ちぬ。夕日影あざやかに照り四国地遠く波の上に浮かびて見・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 上演は入りは超満員だったが、芝居そのものは、どうも成功とはいえなかった。作者としては不平だらだらだった。しかし舞台協会の諸君は人間として純情な人たちばかりで、私とも精神的な交感が通っていた。 映画にとりたいという申込みはそのころよ・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・ いつの間にか、十六燭は、十燭以下にしか光らなくなっていた。電燈会社が一割の配当をつゞけるため、燃料で誤魔化しをやっているのだった。 芝居小屋へ活動写真がかゝると、その電燈は息をした。 ふいに、強力な電燈を芝居小屋へ奪われて、家・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・彼の芝居で演じます『籠つるべ』の主人公の佐野治郎左衛門なぞという人物は、ちょうどこの左母二郎の正反対の人物に描いてありまして、正直な、無意気な、生野暮な男なのであります。しかるにその脚本にはその田舎くさい、正直なのを同情するよりは、嘲笑する・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・逃亡者はまるで芝居の型そっくりにフラフラッとした。頭がガックリ前にさがった。そして唾をはいた。血が口から流れてきた。彼は二、三度血の唾をはいた。「ばか、見ろいッ!」 親分の胸がハダけて、胸毛がでた。それから棒頭に「やるんだぜ!」・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・床柱これへ凭れて腕組みするを海山越えてこの土地ばかりへも二度の引眉毛またかと言わるる大吉の目に入りおふさぎでござりまするのとやにわに打ちこまれて俊雄は縮み上り誠恐誠惶詞なきを同伴の男が助け上げ今日観た芝居咄を座興とするに俊雄も少々の応答えが・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「今日は女同士の芝居があってね、お前の留守に大分面白かったよ」 と直次は姉を前に置いて、熊吉にその日の出来事を話して無造作に笑った。そこへおさだは台所の方から手料理の皿に盛ったのを運んで来た。 おげんはおさだに、「なあし、お・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・自分の芝居を自分で見るのである。始めから終りまで千鳥の話を詳しく見てしまうまでは、翳す両手のくたぶれるのも知らぬ。袖を畳むとこう思う。この袂の中に、十七八の藤さんと二十ばかりの自分とが、いつまでも老いずに封じてあるのだと思う。藤さんは現在ど・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・もうもう芝居なんぞは厭だ。こんな田舎で気楽に暮したいとそういったっけね。なんでも家持に限るのだよ。それは芝居にいるも好いけれどもね。その次ぎには内というものが好いわ。そして子供でも出来ようもんなら、それは好くってよ。そんなことはお前さんには・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
出典:青空文庫