・・・二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 冗談じゃあねえぜ、余りやり方がしぶといや。薄っ気味が悪いや。何だい、馬鹿にしてやがら、未だ小僧っ子じゃないか。十七かな、八かな。可愛い顔をしてらあ、ホラ、口ん中に汗が流れ込まあ」 彼は、暫く凭れにかかって、少年を観察していた。 少・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・「ふん。しぶといやつだな。とにかくそんな所へ行ってはいかん。こっちへ来い。」 子供たちは引き返して、門番の詰所へ来た。それと同時に玄関わきから、「なんだ、なんだ」と言って、二三人の詰衆が出て来て、子供たちを取り巻いた。いちはほとんど・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・弱々しゅう見えてもしぶとい者どもじゃ。奉公初めは男が柴苅り、女が汐汲みときまっている。その通りにさせなされい」「おっしゃるとおり、名はわたくしにも申しませぬ」と、奴頭が言った。 大夫は嘲笑った。「愚か者と見える。名はわしがつけてやる・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・に仕上げ、夫は細君を従順でない「しぶとい女」に仕上げて行く。漱石はこの作を書いた時より十年ほど前、『吾輩は猫である』を書き出す前後の自分の生活をこの作で書いたと言われているが、しかし作者としての漱石は作の主人公やその細君を一歩上から憐れみな・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫