・・・とわめきながら、四辺を歩きまわりました。そして、しまいには一軒一軒、よその家を訪れて、「家の猫はきていませんでしょうか。」と、聞いて歩きました。三郎は、あまりばあさんが気をもんでいるのを見て、はじめはおもしろうございましたが、し・・・ 小川未明 「少年の日の悲哀」
・・・と、四辺を見まわしますと、「あの森が、君の家のあるところだよ。君はあの森を見て帰ればゆかれるよ。」と、空色の着物をきた少年は教えました。 三郎は、この少年をいままで一度も見たことがなかったから、「君は、だれだい。」と聞きました。・・・ 小川未明 「空色の着物をきた子供」
・・・が、数年以前のこと、今の沢村宗十郎氏の門弟で某という男が、或夏の晩他所からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道の通りを急いでやって来て、さて聖天下の今戸橋のところまで来ると、四辺は一面の出水で、最早如何することも出・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・ 鼻血が出たので、私は鼻の穴に紙片をつめたまま点呼を受けた。査閲の時点呼執行官は私の顔をジロリと見ただけで通り過ぎたが、随行員の中のどうやら中尉らしい副官は私の鼻を問題にした。 傍にいた分会長はこ奴は遅刻したので撲ってやりましたと言・・・ 織田作之助 「髪」
・・・その名前を私は極くごく略した字で紙片の端などへ書いて見たことがありました。そしてそれを消した上こなごなに破らずにはいられなかったことがありました。――然しOが私にからかった紙の上には Waste という字が確実に一面に並んでいます。「ど・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・のであるが、その女は自分が天理教の教会を持っているということと、そこでいろんな話をしたり祈祷をしたりするからぜひやって来てくれということを、帯の間から名刺とも言えない所番地をゴム版で刷ったみすぼらしい紙片を取り出しながら、吉田にすすめはじめ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・われらみな樫の老木を楯にしてその陰にうずくまりぬ。四辺の家々より起こる叫び声、泣き声、遠かたに響く騒然たる物音、げにまれなる強震なり。 待てど二郎十蔵ともに出で来たらず、口々に宮本宮本、十蔵早く出でよと叫べども答えすらなし、人々は顔と顔・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・豊吉は物に襲われたように四辺をきょろきょろと見まわして、急いで煉塀の角を曲がった。四辺には人らしき者の影も見えない。『四郎だ四郎だ、』豊吉はぼんやり立って目を細くして何を見るともなくその狭い樹の影の多い路の遠くをながめた。路の遠くには陽・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・終日家にのみ閉じこもることはまれにて朝に一度または午後に一度、時には夜に入りても四辺の野路を当てもなげに歩み、林の中に分け入りなどするがこの人の慣らいなれば人々は運動のためぞと、しかるべきことのようにうわさせり。 されどこの青年と親しく・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・と、その間から、折り畳んだ紙片が、パラ/\とアンペラの上に落ちた。「うへえ!」 棚のローソクの灯の下で袋の口を切っていた一人は、突然トンキョウに叫んだ。「何だ? 何だ?」一時に、皆の注意はその方に集中した。「待て、待て!・・・ 黒島伝治 「前哨」
出典:青空文庫