・・・元大審院部長・元司法次官三宅正太郎という人が、中央労働委員会の会長に就任した。これは、世界にも類のない民主化の方法である。 同時に主要食糧供出に対する強権発動のことが云われている。申告すべき退蔵物資の十六種目一覧表も載った。ここに又一つ・・・ 宮本百合子 「モラトリアム質疑」
・・・という声明が、内務、司法、商工、厚生四人の大臣によって、発せられたのである。新聞を一枚でも読む人は、このような取締方針を布いて、生産に従う人々が生産を高めようとするために、企業家に対してとる必要な行動を統制している権力が、たった一つも資本家・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
市が立つ日であった。近在近郷の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしていない。それは鋤に寄りかかる癖がある・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・暫くすると難儀に遭ってから時が立ったのと、四方が静になったのとのために、頭痛が余程軽くなった。実弟須磨右衛門は親切にはしてくれるが、世話にばかりなってもいにくいので、未亡人は余り忙しくない奉公口をと云って捜して、とうとう小川町俎橋際の高家衆・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・と感じて、その感じには物でも憑いているのではないかという迷信さえ加わったので、孝女に対する同情は薄かったが、当時の行政司法の、元始的な機関が自然に活動して、いちの願意は期せずして貫徹した。桂屋太郎兵衛の刑の執行は、「江戸へ伺中日延」というこ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ それから二人は今の牛ヶ淵あたりから半蔵の壕あたりを南に向ッて歩いて行ったが、そのころはまだ、この辺は一面の高台で、はるかに野原を見通せるところから二人の話も大抵四方の景色から起ッている。年を取ッた武者は北東に見えるかたそぎを指さして若・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・土の層の深くないらしいこの山に育ってあの亭々たる巨幹をささえるために、太い強靱な根は力限り四方へひろがって、地下の岩にしっかりと抱きついているらしい。あの巨大な樹身にふさわしい根は一体どんなであろう。ことに相隣った樹の根と入りまじって薄い地・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫