・・・ 流石のお金も、びっくりして、物が入る入ると云いながら翌日病院に入れて仕舞った。 いよいよ手術を受ける時になって、病気について、何の智識もないお君は、非常に恐れて、熱はぐんぐん昇って行きながら、頭は妙にはっきりして、今までぼんやりし・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 二年後には、希臘古代の彫刻家を訳して仕舞えるだろうから、そして三年目には、又何か一寸した創作でもまとめて見たい気で居る。 斯うして、考えるので、私の先は非常に多忙な訳になる。 此頃は、幸健康も確らしくなって来て居るから又とない・・・ 宮本百合子 「偶感」
・・・この間或る婦人雑誌で、百貨店の婦人店員たちが仕舞の稽古をしている写真も見た。 詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえな・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ けれども、其なら彼はその耽美の塔に立て籠って、夕栄の雲のような夢幻に陶酔していると云うのだろうか、私は単純に、夢の宮殿を捧げて仕舞えない心持がする。夢で美を見るのと、醒めて美を見ると違うのに彼はおきているのだ。起きていて、心が彼方まで・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・』と思ったっていいかげんまで行けば立ち消えがして仕舞うし何かに刺撃されてもいいかげんまでほか行きませんからねえ。 すべてが小さくかたまって仕舞うんです。 自分でつとめても出来ませんよ、 極端に走る人がつとめていいかげんにする事は・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ その日の夜千世子は何となし後髪を引かれる様な気持になりながら或る芝居に行って仕舞った。 かなり前から見たいとは思って居たけれど行って見ればやっぱりしんから満足出来るものではなかった。 時々舞台からフーッとはなれた気持になって今・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ こんないやらしい事をじかにきかなかったのがまだしもの事でございますわ、ほんとうにねえ――第三の女 あんな馬鹿な心配をしたと笑って仕舞う取越苦労だったら、どんなに嬉しいでございましょう――けれどそうは行かない事かもしれませんわ。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・あんたがはじめてやさかえうれしいワ、ほんと……けどあんまり早口やさかえ話が分らん事もあるワ、けど……こんなに今仲ようしててもあんた東京に帰っておしまいやはったらもう、ここ一足はなれたらサッパリ忘れて御仕舞やはるやろナ」「何故そんな事ってある・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・事実そうなって仕舞わないから困る。さっきのように、まつが『奥様、番町のお使いはおひるからに致しましょうか』と云ってくれば、私は、一種の習慣と女性的本性の発露で、すばやく奥様らしくなり俄に現世的になって、『お前の都合のいい時で結構・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・そこで姉妹は長太郎を先に立てて歩き出した。 ようよう西奉行所にたどりついて見れば、門がまだ締まっていた。門番所の窓の下に行って、いちが「もしもし」とたびたび繰り返して呼んだ。 しばらくして窓の戸があいて、そこへ四十格好の男の顔がのぞ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫