・・・――投出す生命に女の連を拵えようとするしみったれさはどうだ。出した祝儀に、利息を取るよりけちな男だ。君、可愛い女と一所に居る時は、蚤が一つ余計に女にたかっても、ああ、おれの身をかわりに吸え、可哀想だと思うが情だ。涼しい時に虫が鳴いても、かぜ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・しかし莫迦は莫迦なりに、私は静子の魅力に惹きずられながら、しみったれた青春を浪費していた。その後「十銭芸者」の原稿で、主人公の淪落する女に、その女の魅力に惹きずられながら、一生を棒に振る男を配したのも、少しはこの時の経験が与っているのだろう・・・ 織田作之助 「世相」
・・・気位の高い安子はけちくさい脅迫や、しみったれた万引など振りむきもせず、安子が眼をつけた仕事はさすがの折井もふるえる位の大仕事だった。いつか安子は団長に祭り上げられて、華族の令嬢のような身なりで浅草をのし歩いた。ところがこのことは直ぐ両親に知・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・「中西の宿はずいぶんしみったれているが、彼奴よく辛抱して取り換えないね。」と大森は封筒へあて名を書きながら言った。「常旅宿となると、やっぱり居ごこちがいいからサ」と客は答えて、上着を引き寄せ、片手を通しながら「君、大将に会ったら例の・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・だからかわいたしみったれた考えを起こさずに、恋する以上は霞の靉靆としているような、梵鐘の鳴っているような、桜の爛漫としているような、丹椿の沈み匂うているような、もしくは火山や深淵の側に立っているような、――つねに死と永遠と美とからはなれない・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・情報局の注意人物というデマが飛び、私に、原稿を依頼する出版社が無くなってしまった。しみったれた事を言うようであるが、生活費はどんどんあがるし、子供は殖えるし、それに収入がまるで無いんだから、心細いこと限りない。当時は私だけでなく、所謂純文芸・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ こんなしみったれた土産をもらって、又お金は何と云うかと、お君は顔が赤くなる様だったけれ共、何か思う事があると見えて、お金は、軽々振舞って、 よく見て御出で、 こんなにお君を親切にしてやったのだから。と云う様に、頼み・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・金を溜めるようなしみったれは江戸子じゃあねえ。」 こういう話になると、独り博士の友達が喜んで聞くばかりではない。女中達も面白がって聞く。児髷の子供も、何か分からないなりに、その爽快な音吐に耳を傾けるのである。 胡麻塩頭を五分刈にして・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫