・・・坊主様も尼様も交ってよ、尼は大勢、びしょびしょびしょびしょと湿った所を、坊主様は、すたすたすたすた乾いた土を行く。湿地茸、木茸、針茸、革茸、羊肚茸、白茸、やあ、一杯だ一杯だ。」 と筵の上を膝で刻んで、嬉しそうに、ニヤニヤして、「初茸・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 割合に土が乾いていればこそで――昨日は雨だったし――もし湿地だったら、蝮、やまかがしの警告がないまでも、うっかり一歩も入れなかったであろう。 それでもこれだけ分入るのさえ、樹の枝にも、卒都婆にも、苔の露は深かった。……旅客の指の尖・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 近ごろある人に聞く、福井より三里山越にて、杉谷という村は、山もて囲まれたる湿地にて、菅の産地なり。この村の何某、秋の末つ方、夕暮の事なるが、落葉を拾いに裏山に上り、岨道を俯向いて掻込みいると、フト目の前に太く大なる脚、向脛のあたりスク・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ お千は、それよりも美しく、雪はなけれど、ちらちらと散る花の、小庭の湿地の、石炭殻につもる可哀さ、痛々しさ。 時次郎でない、頬被したのが、黒塀の外からヌッと覗く。 お千が脛白く、はっと立って、障子をしめようとする目の前へ、トンと・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・建てて数十年を経たる古家なれば、掃除は手綺麗に行届きおれども、そこら煤ぼりて余りあかるからず、すべて少しく陰気にして、加賀金沢の市中にてもこのわたりは浅野川の河畔一帯の湿地なり。 園生は、一重の垣を隔てて、畑造りたる裏町の明地に接し、李・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 一歳初夏の頃より、このあたりを徘徊せる、世にも忌わしき乞食僧あり、その何処より来りしやを知らず、忽然黒壁に住める人の眼界に顕れしが、殆ど湿地に蛆を生ずる如く、自然に湧き出でたるやの観ありき。乞食僧はその年紀三十四五なるべし。寸々に裂け・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ そこで今度は第三の門に来ましたが、ここはじゅくじゅくの湿地ですから、うっかりすると足が滅入りこみます。所々の草むらは綿の木の白い花でかざった壁のようにも思われます。なにしろどろの中に落ちこまないようにまっすぐに歩かなければなりませんで・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・深川の湿地に生れて吉原の水に育ったので、顔の色は生れつき浅黒い。一度髪の毛がすっかり抜けた事があるそうだ。酒を飲み過ぎて血を吐いた事があるそうだ。それから身体が生れ代ったように丈夫になって、中音の音声に意気な錆が出来た。時々頭が痛むといって・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 丘のうしろは、小さな湿地になっていました。そこではまっくろな泥が、あたたかに春の湯気を吐き、そのあちこちには青じろい水ばしょう、牛の舌の花が、ぼんやりならんで咲いていました。タネリは思わず、また藤蔓を吐いてしまって、勢よく湿地のへりを・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・ 土神の棲んでいる所は小さな競馬場ぐらいある、冷たい湿地で苔やからくさやみじかい蘆などが生えていましたが又所々にはあざみやせいの低いひどくねじれた楊などもありました。 水がじめじめしてその表面にはあちこち赤い鉄の渋・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
出典:青空文庫