・・・それは僕には這箇這箇の外には一こともわからない話だった。が、芸者や鴇婦などの熱心に聞いているだけでも、何か興味のあることらしかった。のみならず時々僕の顔へ彼等の目をやる所を見ると、少くとも幾分かは僕自身にも関係を持ったことらしかった。僕は人・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・停車場のくすぶった車庫や、ペンキのはげかかったタンクや転轍台のようなものまでも、小春の日光と空気の魔術にかかって名状のできない美しい色の配合を見せていた。それに比べて見ると、そこらに立っている婦人の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせこせした・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・右手の車庫のトタン屋根に雀が二羽、一羽がちょんちょんと横飛びをして他の一羽に近よる。ミーラヤ、ラドナーヤとでも囀っているのか。相手は逃げて向うの電柱の頂へ止まる。追いかけてその下の電線へ止まる。頂上のはじっとして動かない。下のは絶えず右に左・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ 車はオーライスとよぶ女車掌の声と共に、動き出したかと思う間もなく、また駐って、「玉の井車庫前」と呼びながら、車掌はわたくしに目で知らせてくれた。わたくしは初め行先を聞かれて、賃銭を払う時、玉の井の一番賑な処でおろしてくれるように、人前・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・は、ある労働者街の無産者托児所の生活を中心として、東交の職場が各車庫別のストライキに立っていたころの動揺、地区のオルグとして働いている人物の検挙につれて、その余波が托児所にまでひろがって来る前後のいきさつを題材としている。テーマは、革命的な・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・「くやしいわ、二人とも×××車庫で、しっかりしてる人だのに」 その日留置場内の人数は割合少く、看守の気も鎮っていた。一緒につかまった男の同志が人馴れた口調で看守に国鉄従業員の勤務状態などを、話しかけている。それにかこつけて、巧に必要・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 愈々五日の始発から総罷業と決定した前の晩、おそくなってから私は用事の帰途、早稲田車庫の前を通った。 電車が途絶えた折からで、からりとした夜の大通りの上に赤青の信号燈が閃き、普段の夜のとおり明るい事務所の内で執務している従業員の姿が・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫