・・・である――彼はそこで、放肆を諫めたり、奢侈を諫めたりするのと同じように、敢然として、修理の神経衰弱を諫めようとした。 だから、林右衛門は、爾来、機会さえあれば修理に苦諫を進めた。が、修理の逆上は、少しも鎮まるけはいがない。寧ろ、諫めれば・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・渋紙した顔に黒痘痕、塵を飛ばしたようで、尖がった目の光、髪はげ、眉薄く、頬骨の張った、その顔容を見ないでも、夜露ばかり雨のないのに、その高足駄の音で分る、本田摂理と申す、この宮の社司で……草履か高足駄の他は、下駄を穿かないお神官。 小児・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・もう一方の眼はあらぬ方に向けられていた。斜視だなと思った。とすれば、ひょっとすると、女の眼は案外私を見ていないのかもしれない。けれどともかく私は見られている。私は妙な気持になって、部屋に戻った。 なんだか急に薄暗くなった部屋のなかで、浮・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・少し斜視がかった眼はぎょろりとして、すれちがう人をちらと見る視線は鋭い。朝っぱらから酒がはいっているらしく、顔じゅうあぶらが浮いていて、雨でもないのにまくり上げた着物の裾からにゅっと見えている毛もじゃらの足は太短かく、その足でドスンドスンと・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・特徴のある武田さんの笑い声を耳の奥で聴いていた、少し斜視がかったぎょろりとした武田さんの眼を、胸に泛べていた。 最も残念だったのは藤沢さんであろうと、書いたが、しかし、それよりも残念だったのは当の武田さん自身であったろう。死に切れなかっ・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・手を振り腰を振りして、尖がった狐のような顔を白く塗り立てたその踊り子は、時々変な斜視のような眼附きを見せて、扉と飲台との狭い間で踊った。 幾本目かの銚子を空にして、尚頻りに盃を動かしていた彼は、時々無感興な眼附きを、踊り子の方へと向けて・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・屏風、衝立、御厨子、調度、皆驚くべき奢侈のものばかりであった。床の軸は大きな傅彩の唐絵であって、脇棚にはもとより能くは分らぬが、いずれ唐物と思われる小さな貴げなものなどが飾られて居り、其の最も低い棚には大きな美しい軸盆様のものが横たえられて・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・来せしめたりとは定説に近く、また足利氏の初世、京都に於いて佐々木道誉等、大小の侯伯を集めて茶の会を開きし事は伝記にも見えたる所なれども、これらは奇物名品をつらね、珍味佳肴を供し、華美相競うていたずらに奢侈の風を誇りしに過ぎざるていたらくなれ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・は砂堆ですなわち長い砂嘴。孕 「パラモイ」は広き静処で湾の名になる。しかしチャムで「ハラム」は閉鎖の義であるからその方かもしれぬ。比島 「ピ」は小の義、「シュマ」は石。サ島 「サ」は乾、乾出せる岩礁か。万々 「メム」は沼また・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・とかくに芝居を芝居、画を画とのみして、それらの芸術的情趣は非常な奢侈贅沢に非ざれば決して日常生活中には味われぬもののように独断している人たちは、容易に首肯しないかも知れないが、便所によって下町風な女姿が一層の嬌艶を添え得る事は、何も豊国や国・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫