・・・特別保護住民だった僕にだれも皆好奇心を持っていましたから、毎日血圧を調べてもらいに、わざわざチャックを呼び寄せるゲエルという硝子会社の社長などもやはりこの部屋へ顔を出したものです。しかし最初の半月ほどの間に一番僕と親しくしたのはやはりあのバ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・徳ちゃんは確か総武鉄道の社長か何かの次男に生まれた、負けぬ気の強い餓鬼大将だった。 しかし小学校へはいるが早いか僕はたちまち世間に多い「いじめっ子」というものにめぐり合った。「いじめっ子」は杉浦誉四郎である。これは僕の隣席にいたから何か・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・妻子を抱えているものは勿論だが、独身者すらも糊口がし兼ねて社長の沼南に増給を哀願すると、「僕だって社からは十五円しか貰わないよ」というのが定った挨拶であった。増給は魯か、ドンナ苦しい事情を打明けられても逆さに蟇口を振って見せるだけだ。「十五・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ けれど、さすがにおれは、おれのおかげで……と言っても、そんなに言い過ぎではあるまい――お千鶴をわがものにして、船場新聞の社長で収まり込んでいるお前を見ると、こいつ、良い気になりやがって、いっぺん失脚させてやったら、どんな顔をするだろう・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それというのも奴さんも奴さんだが、奴さんのおふくろというのが俗にいう女傑なんで、あれでもなしこれでもなしとさまざま息子の嫁を探したあげく、到頭奴さんの勤めている工場の社長の家へ日参して、どうぞお宅のお嬢さんを伜の嫁にいただかせて下さいと、百・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・僕が出たあと、半年ほどして、山漢社長はつゞまりがつかなくなって事務所にも、バラックにも、火をつけて焼いてしまったという話だ。一度、そのあとが、今どうなっているか見に行こうと思うが、まだよう行かずにいる。建物会社をやめて暁声社という鶏の雑誌を・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・二十四歳にして新聞社長になり、株ですって、陋巷に史書をあさり、ペン一本の生活もしました。小説も書いたようです。大町桂月、福本日南等と交友あり、桂月を罵って、仙をてらう、と云いつつ、おのれも某伯、某男、某子等の知遇を受け、熱烈な皇室中心主義者・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・い雑誌に発表せられ、その反響として起った罵倒の言葉も、また支持の言葉も、共に私には強烈すぎて狼狽、不安の為に逆上して、薬品中毒は一層すすみ、あれこれ苦しさの余り、のこのこ雑誌社に出掛けては編輯員または社長にまで面会を求めて、原稿料の前借をね・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・第二編 凡児の勤めている会社がつぶれて社長が失踪したという記事の載った新聞を、電車の乗客があちらこちらで読んでいる。それが凡児の鼻の先に広げられているのに気がつかず、いつものようにのんきに出勤して見ると、事務室はがら明きで、ただ一人・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・という奇妙な映画で、台湾の物産会社の東京支店の支配人が、上京した社長をこれから迎えるというので事務室で事務成績報告の予行演習をやるところがある。自分の椅子に社長をすわらせたつもりにして、その前に帳簿を並べて説明とお世辞の予習をする。それが大・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫