・・・二人を結婚さしておいて、省作を東京へやってもよいが、どうせ一緒にいないのだから、清六の前も遠慮して、家を持ってから東京で祝儀をやるがよかろうということになる。佐介も一夜省作の家を訪うて、そのいさくさなしの気質を丸出しにして、省作の兄と二人で・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・『はい、今晩は』ッて、澄ましてお客さんの座敷へはいって来て、踊りがすむと、『姉さん、御祝儀は』ッて催促するの。小癪な子よ。芝居は好きだから、あたいよく仕込んでやる、わ」 吉弥はすぐ乗り気になって、いよいよそうと定まれば、知り合いの待合や・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ゑあはかるやきかつ私家名淡島焼などと広く御風聴被成下店繁昌仕ありがたき仕合に奉存製法入念差上来候間年増し御疱瘡流行の折ふし御軽々々御仕上被遊候御言葉祝ひのかるかるやき水の泡の如く御いものあとさへ取候御祝儀御進物にはけしくらゐほどのいもあとも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・置いて行く祝儀もすくなく、一代は相手にしなかったが、十日目の夜だしぬけに結婚してくれと言う。隣のボックスにいる撮影所の助監督に秋波を送りながら、いい加減に聴き流していたが、それから一週間毎夜同じ言葉をくりかえされているうちに、ふと寺田の一途・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・花代は一時間十銭で、特別の祝儀を五銭か十銭はずむルンペンもあり、そんな時彼女はその男を相手に脛もあらわにはっと固唾をのむような嬌態を見せるのだが、しかし肉は売らない。最下等の芸者だが、最上等の芸者よりも清いのである。もっとも情夫は何人もいる・・・ 織田作之助 「世相」
・・・それでやっとお勘定もお祝儀もすませることが出来たのだが、もしその時私がそうたくさん持ち合わせがなかったら、どんなことになっただろう。想ってもぞっとする。そんなこともあろうかと考えたわけではないが、とにかく女の私でさえちゃんと用意して来ている・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・お披露目をするといってもまさか天婦羅を配って歩くわけには行かず、祝儀、衣裳、心付けなど大変な物入りで、のみこんで抱主が出してくれるのはいいが、それは前借になるから、いわば蝶子を縛る勘定になると、反対した。が、結局持前の陽気好きの気性が環境に・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・この両家とも田舎では上流社会に位いするので、祝儀の礼が引きもきらない。村落に取っては都会に於ける岩崎三井の祝事どころではない、大変な騒ぎである。両家は必死になって婚儀の準備に忙殺されている。 その愈々婚礼の晩という日の午後三時頃でもあろ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・内儀「仕様がないたって、あなた何へいらっしゃいましよ、あの石川様へお歳暮だって入らっしゃると、いつでも貴方に千疋ぐらい御祝儀を下さるじゃアありませんか」七「他人のものを当にしちゃアいかん、他人のものを当にして物を貰うという心が一体賤・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ 田舎芝居、菜の花畑に鏡立て、よしずで囲った楽屋の太夫に、十円の御祝儀、こころみに差し出せば、たちまち表の花道に墨くろぐろと貼り出されて曰く、一金壱千円也、書生様より。景気を創る。はからずも、わが国古来の文学精神、ここにいた。 あの・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫