・・・一国の首都がその権勢と富貴とに自から蒐集する凡ての物は、皆ここに陳列せられてある。われわれは新しい流行の帽子を買うためにも、遠い国から来た葡萄酒を買うためにも、無論この銀座へ来ねばならぬが、それと同時に、有楽座などで聞く事を好まない「昔」の・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・当時巴里に於て、一邦人が独力にしてマネエ、ロダンの如き巨匠の製作品と、又江戸浮世絵の蒐集品とを仏蘭西人の手より買取ったことがあった。是亦戦争の余沢である。オペラは帝国劇場を主管する山本氏の斡旋に依って邦人の前に演奏せられ、仏蘭西近世の美術品・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・浮世絵並に江戸出版物の蒐集に耽ったのもこの時分が最も盛であった。 浮世絵の事をここに一言したい。わたくしが浮世絵を見て始て芸術的感動に打たれたのは亜米利加諸市の美術館を見巡っていた時である。さればわたくしの江戸趣味は米国好事家の後塵を追・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・しかし疎懶なるわたくしは今日の所いまだその蒐集に着手したわけではない。折々の散歩から家に帰った後唯机辺に散乱している二、三の雑著を見て足れりとしている。これら座右の乱帙中に風俗画報社の明治三十一年に刊行した『新撰東京名所図会』なるものがある・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・近頃ではこれらの書籍を蒐集しただけでも優に相応の図書館は一杯になるだろうと思われる位である。けれども真の観察と、真の努力と、真の同情と、真の研究から成ったものは極めて乏しいと断言しても差支はあるまい。余はこの乏しいものの一として、先生の歴史・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・単に蒐集狂という点から見れば、此煙管を飾る人も、盃を寄せる人も、瓢箪を溜める人も、皆同じ興味に駆られるので、同種類のもののうちで、素人に分らない様な微妙な差別を鋭敏に感じ分ける比較力の優秀を愛するに過ぎない。万年筆狂も性質から云えば、多少実・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・それが誰のものだろうが、そのバスケットは自分のものでなければ収拾する事が出来なかった。「だって兄さん。そりゃ俺んだよ。踏んづけちゃ困るね」「そんな大切なものなら、打っ捨らかしとかなけゃいいじゃないか」 少年は眼を瞑ったまま、バス・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・その制作を系統だてて蒐集しているという人が果してあるだろうか。女の画家は、画壇で統領となれないから売れないと云われるが、画壇で統領になれないのは、現在の社会へ女が入ってゆくためには、門が限られているということの一つの反映でもある。画壇政治を・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ 感覚的な芸術である美術や音楽の領域の開発のためには、どれほどこういう実験的資料の蒐集が必要であろかということは想像される。ソヴェト同盟は新しい社会的土台において諸芸術をめざましく開花させたが、各部門の発達のテンポを見ると、文学、演劇が・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ ほんの短い期間だけ、或る工場なり集団農場なりへ出かける作家たちにとっては、自分の見学、材料蒐集をやるだけで殆どいっぱいだ。そこの大衆のために何かあとまでのこって役に立つような文化的助力を与えるということは、時間的に困難なばかりではない・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫