・・・あなたのおっしゃる事にも、また、佐伯君の申す事にも、一応は首肯できるような気がするのですけれど、もっと、つき進めた話を伺わないことには。」と、あくまで真面目くさった顔で言い、「コオヒイにしますか。それとも何か食べますか。とにかく何か、注文い・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・○もりたや女将に六百円手交。借銭は人生の義務か。○駱駝が針の穴をくぐるとは、それや無理な。出来ませぬて。○私を葬り去る事の易き哉。○公侯伯子男。公、侯、伯、子、男。○銭湯よろし。○美濃十郎。美濃十郎。美濃十郎。初号活・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ なるほど、と私は首肯し、その苦しさを持てあまして、僕のところへ、こうしてやって来るのかね、ひょっとしたら太宰も案外いいこと言うかも知れん、いや、やっぱり、あいつはだめかな? などとそんな気持で、ふらふらここへ来るのかね、もし、そうだっ・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・けれども、どの辞書にも、「手工の巧みならん事を祈るお祭り」という事だけしか出ていなかった。これだけでは、私には不足なのだ。もう一つ、もっと大事な意味があったように、私は子供の頃から聞かされていた。この夜は、牽牛星と織女星が、一年にいちどの逢・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・その夜は、おもに私と戸石君と二人で話し合ったような形になって、三田君は傍で、微笑んで聞いていたが、時々かすかに首肯き、その首肯き方が、私の話のたいへん大事な箇所だけを敏感にとらえているようだったので、私は戸石君の方を向いて話をしながら、左側・・・ 太宰治 「散華」
・・・ 青年は首肯した。 私たちのいま最も気がかりな事、最もうしろめいたいもの、それをいまの日本の「新文化」は、素通りして走りそうな気がしてならない。 私は、やはり、「文化」というものを全然知らない、頭の悪い津軽の百姓でしか無いのかも・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・こうして、じっと見ていると、ほんとうにソロモンの栄華以上だと、実感として、肉体感覚として、首肯される。ふと、去年の夏の山形を思い出す。山に行ったとき、崖の中腹に、あんまりたくさん、百合が咲き乱れていたので驚いて、夢中になってしまった。でも、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・郵便屋は、もう私が知っていることにきめてしまったらしく、自信たっぷりで首肯する。 私は、なお少し考えて、「存じませんね。」「そうですか。」こんどは郵便屋もまじめに首をかしげて、「あなたは、おくには、津軽のほうでしょう?」 と・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 彼は平然と首肯して、また飲む。 さすがに私も、少しいまいましくなって来た。私には幼少の頃から浪費の悪癖があり、ものを惜しむという感覚は、普通の人に較べてやや鈍いように思っている。けれども、そのウイスキイは、謂わば私の秘蔵のものであ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・二時間のち、同じところで二十枚のばいきんだらけのくしゃくしゃ汚き紙片、できるだけむぞうさに手交して、宅のサラリイ前借りしたのよ、と小さく笑った萱野さんの、にっくき嘘、そんな端々にまで、私の燃ゆる瞳の火を消そうと警戒の伏線、私はそれを悲しく思・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫