・・・『万葉』の作者が歌を作るは用語に制限あるにあらず、趣向に定規あるにあらず、あらゆる語を用いて趣向を詠みたるものすなわち『万葉』なり。曙覧が新言語を用い新趣味を詠じ毫も古格旧例に拘泥せざりしは、なかなかに『万葉』の精神を得たるものにして、『古・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・判者が外の人であったら、初から、かぐや姫とつれだって月宮に昇るとか、あるいは人も家もなき深山の絶頂に突っ立って、乱れ髪を風に吹かせながら月を眺めて居たというような、凄い趣向を考えたかもしれぬが、判者が碧梧桐というのだから先ず空想を斥けて、な・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・その理由を、今日の作家は文学青年の趣向に追随して、その作品の中で人間はいかに生きてゆくべきかという生きかたを示さず、小説の書きかたに工夫をこらしているからであると見る評論家作家たちによって、「大人の文学」論がいわれているのである。 従来・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・対外的の意味で何かやらなければならないという場合、とりつきやすいのは目の前の見た目に立つ趣向である。浦和からの娘子行進にしろ、目に立つことでは成功したろう。けれども、そこから生れた後味、それによってこそ行進した方の真の感激も、行進をながめた・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・公園の樹の梢へつるす鳥の巣箱を小学校の子供は手工でこしらえる仕度をし、中央児童図書館では、一つの本棚が五ヵ年計画、集団農場、国営農場、その他一般農作と春の動植物についての本でおきかえられた。 ――これが我々に一番骨の折れる、大切な仕事な・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・其で、所謂賢明な者は、相当に一般を首肯させる理論を前提として、最も安全な現状維持を主張致します。此の傾向が、“Against the Convention of Unconvention”を称する一群の動機に大きな関係を持って居る事は争われ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・大作の趣向を立てていたのだろう。」 木村はこう云う事を聞く度に、くすぐられるような心持がする。それでも例の晴々とした顔をして黙っている。「こないだ太陽を見たら、君の役所での秩序的生活と芸術的生活とは矛盾していて、到底調和が出来ないと・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・席上には酒肴を取り寄せ、門人等に馳走した。然るに門人中坐容を崩すものがあったのを見て、大喝して叱した。遊所に足を容るることをば嫌わず、物に拘らぬ人で、その中に謹厳な処があった。」 森鴎外 「細木香以」
・・・まだ電燈のない時代で、瓦斯も寺島村には引いてなかったが、わざわざランプを廃めて蝋燭にしたのは、今宵の特別な趣向であったのだろう。 燭台が並んだと思うと、跡から大きな盥が運ばれた。中には鮓が盛ってある。道行触のおじさんが、「いや、これは御・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ 舟には酒肴が出してあったが、一々どの舟へも、主人側のものを配ると云うような、細かい計画はしてなかったのか、世話を焼いて杯を侑めるものもない。こう云う時の習として、最初は一同遠慮をして酒肴に手を出さずに、只睨み合っていた。そのうち結城紬・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫