・・・例えば、志賀直哉の文学の影響から脱すべく純粋小説論をものして、日本の伝統小説の日常性に反抗して虚構と偶然を説き、小説は芸術にあらずという主張を持つ新しい長編小説に近代小説の思想性を獲得しようと奮闘した横光利一の野心が、ついに「旅愁」の後半に・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・髪の毛は段々と脱落ち、地体が黒い膚の色は蒼褪めて黄味さえ帯び、顔の腫脹に皮が釣れて耳の後で罅裂れ、そこに蛆が蠢き、脚は水腫に脹上り、脚絆の合目からぶよぶよの肉が大きく食出し、全身むくみ上って宛然小牛のよう。今日一日太陽に晒されたら、これがま・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・これには大庭家でも大分苦情があった、殊にお徳は盗棒の入口を造えるようなものだと主張した。が、しかし主人真蔵の平常の優しい心から遂にこれを許すことになった。其方で木戸を丈夫に造り、開閉を厳重にするという条件であったが、植木屋は其処らの籔から青・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・シェーラーはさらに価値の等級を直観するアプリオリの等級感があるといい、ある意欲対象である価値が、他の意欲のそれといずれが善であるかはこの等級感によってアプリオリに直覚されると主張する。シェーラーを継承してさらに発展せしめたニコライ・ハルトマ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・めまぐるしい文学上の主張や流行の変化を田舎にいて一々知り得る由もないが、わけてもこの頃のあわただしさは、東京にいても、二三カ月仕事に打ちこんで新刊の雑誌新聞に目を通すひまなしにいようものなら、取り残されて分らなくなるのではあるまいか。 ・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・そこで与一は赤沢宗益というものと相談して、この分では仕方がないから、高圧的強請的に、阿波の六郎澄元殿を取立てて家督にして終い、政元公を隠居にして魔法三昧でも何でもしてもらおう、と同盟し、与一はその主張を示して淀の城へ籠り、赤沢宗益は兵を率い・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・兄は、笑いながら主張した。 その兄が、いま、そっと眼鏡をはずしたのである。私は噴き出しそうなのを怺えて、顔をそむけ、見ない振りをした。 兄は、京橋の手前で、自動車から降りた。 銀座は、たいへんな人出であった。逢う人、逢う人、みん・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ユダヤ民族を集合して国土を立てようというザイオニズムの主張者としてさもありそうな事である。桑木理学博士がかつて彼をベルンに尋ねた時に、東洋は東洋で別種の文化が発達しているのは面白いといったような事を話したそうである。この点でも彼は一種のレラ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・後で考えるとあの飲料の匂の主調をなすものが、やはりこの杏仁水であったらしい。 明治二十年代の片田舎での出来事として考えるときに、この杏仁水の饗応がはなはだオリジナルであり、ハイカラな現象であったような気がする。 大学在学中に、学生の・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ 以上のごとき立場から見てこれと反対な位置にあるものは、色々の事実や事件の平坦な叙述的描写を主調とした作物、例えば物語や写生文のごときものであろう。そこでは少なくも作者は黒幕の後ろに隠れて、舞台の上では事実をして事実を語らしめ、物をして・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
出典:青空文庫