・・・従って、この特徴と重写の技巧とを併用すれば、一粒の芥子種の中に須弥山を収めることなどは造作もないことである。巨人の掌上でもだえる佳姫や、徳利から出て来る仙人の映画などはかくして得られるのである。このようにカメラの距離の調節によって尺度の調節・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・しかし、人が見ればこれらの「須弥山」は一粒の芥子粒で隠蔽される。これも言わば精神的視角の問題である。この見やすい道理を小学校でも中学校でもどこでも教わらない人が多数いるような気がする。 自分は高等学校の時先生からたいへんにいいことを教わ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・私がもし古美術の研究家というような道楽をでももっていたら、煩いほど残存している寺々の建築や、そこにしまわれてある絵画や彫刻によって、どれだけ慰められ、得をしたかしれなかったが――もちろん私もそういう趣味はないことはないので、それらの宝蔵を瞥・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・わたくしは政治もしくは商工業に従事する人の趣味については暫く擱いて言わぬであろう。画家文士の如き芸術に従事する人たちが明治の末頃から、祖国の花鳥草木に対して著しく無関心になって来たことを、むしろ不思議となしている。文士が雅号を用いることを好・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・けれども笑うという事と、気の毒だと思う事と、どちらか捨てねばならぬ場合に、滑稽趣味の上にこれを観賞するは、一種の芸術的の見方であります。けれども私が、脳振盪を起して倒れたとすれば、諸君の笑は必ず倫理的の同情に変ずるに違いありますまい。こうい・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・尤もそれには無論下地があったので、いわば、子供の時から有る一種の芸術上の趣味が、露文学に依って油をさされて自然に発展して来たので、それと一方、志士肌の齎した慷慨熱――この二つの傾向が、当初のうちはどちらに傾くともなく、殆ど平行して進んでいた・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・そう云う態度や顔に適っているのはこの男の周囲で、隅から隅まで一定の様式によって、主人の趣味に合うように整頓してある。器具は特別に芸術家の手を煩わして図案をさせたものである。書架は豊富である。Bibelots と云う名の附いている小さい装飾品・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・西行のごときは幾多の新材料を容れたるところあるいはこの意義を解する者に似たれど、実際その歌を見ば百中の九十九は皆いつわりのたくみなるを知らん。趣味を自然に求め、手段を写実に取りし歌、前に『万葉』あり、後に曙覧あるのみ。 されば曙覧が歌の・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ また、或る婦人雑誌はその背後にある団体独特の合理主義に立ち、そして『婦人画報』は、或る趣味と近代機智の閃きを添えて、いずれも、これらのトピックを語りふるして来たものである。 ところが、今日、これらの題目は、この雑誌の上で、全く堂々・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫